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第21話ー妄執愛の後始末ー

「マクミラン家のロザリーは後妻の娘だという事を知っているかい?」


聞くとジルは驚いて首を振る。


「いえ、知りませんでした。」


そうだろうなと笑う。


「ロザリーは後妻の娘、その前に前妻が居た。名をロレッタと言う。ロレッタはまだ成人前の俺を拐かしたんだ。」


ジルが息を飲む。


「俺を襲おうとした。17だった俺はもちろん逃げ出したさ。力で負ける訳が無かったからな。」


顔を手で覆う。


「でもそれ以降、俺は俺に好意を向ける女が嫌いになった。女全般と言っても良い。」


溜息をつく。


「そんな時に俺は君と出会ったんだ。」


ジルを見る。ジルは悲しそうに俺を見る。


「15も上の男に言い寄られるなんて、気持ち悪いだろうと思った。俺がそうだったからな。だから俺はずっと戦場に身を置いたんだ。死にかけた事も一度や二度じゃない。その度に俺は死んでも良いとさえ思っていた。君に自分の好意をぶつけるくらいなら、な。」


吐き気がした。


「でも戦いは続かなかった。隣国のどこも俺の相手では無くなってしまった。兄上の政治の手腕もあって、戦いは終わった。戻って来ざるを得なくなった。だからなるべく遠ざけた。なのに想いは募る一方だった。」


ジルを見る。


「だからあの時、ジルが躓いて転んだ時、俺は手を差し伸べた。俺の手を取ってくれと願ったんだ。君を抱き寄せて口付けた時、全てが変わった。俺の世界はそれまで灰色だったんだ。君と口付けた時から俺の世界に色が宿った。口付けた瞬間にこれが運命だと、君が運命の人だと直感した。」


ジルに微笑む。もう吐き気は無い。


「俺は君以外の女が嫌いだ。君以外の女が俺に触れる事すら嫌悪する。でもジル、君だけは違う。君だけは特別なんだ。」


俺はコーヒーを一口飲む。


「だからサリーは粛清する。そしてマクミラン家も潰す。」


ジルが聞く。


「潰すのですか?」


俺は笑う。


「あぁ、潰す。大きな家門だろうと関係ない。王族に薬を盛ったんだ。潰さなければいけない。これを許したら示しがつかない。」


ジルが複雑な顔をしている。


「前にそうなった時に潰しておくべきだったんだ。あの時は俺に力が無かった。だが今は違う。」


俺は背伸びをして言う。


「その旨の書簡は兄上に今朝一番で送ったよ。」


ジルは困ったように微笑んでいる。


「ジル。」


呼びかける。


「今日は二人でゆっくりしよう。」


微笑むとジルも微笑む。


「そうですね。」



食事を片付けさせ、ベッドに寝転がる。ジルはベッドの上に足を投げ出して座る。ジルの膝の上に頭を乗せる。こんなにも心穏やかになれる、無防備になれるのはジルの前でだけだ。ジルは俺の頭を撫で、髪を梳く。



テオの髪を梳きながら私は思っていた。テオにそんな過去があっただなんて、知らなかった。きっと揉み消されたに違いなかった。ロレッタという女性の事は初耳だ。マクミラン家にはそんな汚点があったなんて。テオが17歳の時だった、という事は今から18年も前の事になる。きっとものすごく怖かっただろう。女性が嫌いになるのも仕方ない事だ。テオが女性を寄せ付けないのにはそんな理由があったのだ。


そして。


私に自分の想いをぶつけるくらいなら死んでも良いとさえ思っていたという。そう思うと切なくて悲しくて、泣けてくる。ポロッと涙が落ちる。テオがそれに気付いて聞く。


「何故、泣く?」


テオの温かい手が私の頬に触れる。


「私、何も知らなくて…」



涙をポロポロと零すジルを見て身体を起こしてジルを抱き締める。


「知らなくて当然だ。」


ジルの背中を撫でる。


「良いんだ、過去の事はどうでも良い。」


ジルが俺の首に手を回して抱き着く。


「テオが死ななくて良かった…」


そう言ってくれるジルが可愛くて笑う。


「泣かないで。俺はもう大丈夫だ。ジルさえ傍に居てくれれば。」


ジルが言う。


「居ます、ずっとお傍に。」



マクミラン家は取り潰しになった。首謀者のロザリー・マクミランは北の塔に幽閉になった。かつて俺を拐かしたロレッタ・マクミランと同様に。ロレッタは北の塔で俺への愛を吐き続けながら死んだという。今はその塔にロザリーが入った。

北の塔は王城の一番北端にある。入口は憲兵が24時間警備していて、誰も入る事を許されず、一度入ると二度と生きては出て来られない、そんな場所だ。最低限の食事と水だけは与えられるが、牢の中では常に鎖に繋がれ手枷と足枷が付けられている。ほとんどの人間が牢の中で朽ちて行く。長くても一年もてば良い方だ。



平穏な日々が戻った。俺は国防や国政に駆り出され、ジルは屋敷を切り盛りした。時に俺がジルに国防や国政について意見を聞いたりして、ジルの見識の深さを実感する。王妃教育で培った知識が生きていて、ジル自身も更に勉強を続けているようだった。他国との交流の為の夜会にもジルと共に出席した。ジルはその美しさで夜会の男たちを魅了した。



「東の領地へ?」


俺はジルに聞かれて頷く。


「あぁ、視察に行く。」


ジルはすっかり俺の部屋で過ごす事に慣れたようだ。


「一緒に行ってくれるかい?」


聞くとジルは微笑む。


「えぇ、もちろん。というか私も一緒で良いんですか?」


俺はジルの頭を撫でる。


「東の領地は遠いからな。一度行くと泊まりになる。ジルと離れていたくないからな。」


ジルは少し頬を染める。


「それに、ジルの意見も聞きたい。君の意見はいつでも参考になる。」



東の領地へ出発する。


「ギリアム、しばらく屋敷を頼むぞ。」


言うとギリアムはしっかりと頷く。


「かしこまりました。」


ジルと共に馬車に乗る。


「行こう。」


「東の領地は遠いんですよね?」


馬車に揺られながらジルが聞く。


「あぁ、ここからだと三日かかる。」


ジルが驚く。


「そんなに?」


俺は笑って言う。


「途中、宿に泊まったり夜営しながら進むんだ。」


ジルは馬車の外を見ながら言う。


「だからこんなに人が多いのですね。」


馬車は警護の為に騎士たちが付いている。


「これでも少ない方さ。今回はただの視察だからな。」


ジルが感心する。


「そうなのですね。」


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