次の王は絶対にテオ様だわ。だから私はあの女を蹴落としてテオ様の妻の座を奪う。エドワード王太子殿下があの女をきちんと繋ぎ留めておけば、こんな事にはならなかったのに。でももう手は打ってある。私の手中にはこれから起こす楽しい謀の駒が揃っている。間者を送り込んでおいて本当に良かった。
「お茶会の招待状?」
アンが頷く。
「はい、奥様。」
送られて来る招待状は何通もあったけれど。そう思いながら届いた招待状に目を通す。その中に是非ともご参加くださいと熱烈に書いてある招待状があった。招待状の隅に是非ともお話したい事があります、と走り書きがある。気になって送り主を見るとロザリー・マクミランと書かれている。マクミラン家…。ヴァロア程では無いけれどそれなりに大きな家門だ。そろそろお茶会にも行かないといけない。私はそのお茶会に参加の返事を書く。
屋敷の中で奇妙な事が起こっていた。何度数え直しても足りない。おかしい。殿下の身に付けているものが一つ、また一つと無くなって行く。殿下が良くお付けになっているタイ、色違いのカフスボタン、殿下のシャツ。他にも細々とした物が気付かないうちに紛失している。どれも大した価値のある物では無いが、気になる。
「やっぱり足りないね、ギリアム。」
一緒に数え直しをお願いしたメアリーが言う。
「やはり、そうだよな。」
お茶会はかなりの規模だった。私と同年代の人が集まるお茶会では恐らく今の時点では最大だろう。私がヴァロアを出たので、ヴァロアでのお茶会はお母様が主催される。そうなれば集まって来る人たちは主催者と同年代であるのが普通だからだ。
「ジル様が主催されれば、もちろんジル様の方がより多くの人を集められますわ。世代を超えて、多くの方がジル様とご一緒したいに決まってますもの。」
お茶会で出会ったご令嬢たちが口々に言う。お茶会の規模はその時の時勢を表す縮図のようなものだ。どの家も皆、牽制し合うもの。私は少し疲れてしまって人の居ない場所へ歩く。
「ジル様。」
声を掛けられて振り向くとそこにはお茶会の主催者であるマクミラン嬢が居た。挨拶を交わす。
「宜しければこちらへ。」
そう言われて彼女について行く。案内されたのは室内。招待状に書いてあったお話があるのだろう。とある部屋に通されて二人きりになる。
「私、昔からテオ様とは懇意にしておりますの。」
何となく予感はしていた。
「それで、これをテオ様にお返ししなくちゃって思って。」
マクミラン嬢が引き出しから何かを取り出し、私にそれを見せる。タイとカフスボタンだった。しっかりと我が家紋が入っている。
「テオ様もお人が悪いですわよね。私との逢瀬でこんなものを忘れるなんて。」
私は微笑んで聞く。
「お話というのはこれの事ですか?」
私が表情一つ変えずにそう聞いたのが気に食わないのか、マクミラン嬢は顔を顰める。私は微笑んだまま言う。
「それでしたら、本人に直接お返しください。忘れ物を回収するのは私の務めではありませんので。」
私はひらりと踵を返して言う。
「それでは、失礼。」
歩きながら考える。テオが彼女と逢瀬?…有り得ない。確かに私はテオの動きの全てを把握している訳では無い。ここ最近は王太子殿下の幽閉の一件以降、国政の事で家に居ない時間が増えた。だとしても、だ。テオが私以外の女性と、なんて有り得ない。有り得ないと思える程にテオは私を愛してくれているのを私は知っている。まるで私以外の女性を嫌悪するかのように。恐らくは今までの経験上、謀をして来る女性はたくさん居ただろう。今は王位継承問題で揺れている時期でもある。国王の側室が無理なら王弟に、と考える者も居るだろう。マクミラン嬢のあの様子ならばきっと今までずっとテオに想いを寄せていたのだろうと思った。そこへ私が現れて妻の座に座ったのだ。面白くないのは当たり前。それにしても。あのタイとカフスボタンはどこで手に入れたのだろう?使用人の中に協力者が居るに違いない。ギリアムに話さなくてはいけない。
「ジル?」
呼びかけられてハッとする。
「ごめんなさい。考え事をしていて。」
テオはそんな私を抱き寄せて言う。
「俺が留守にする事が増えてジルには負担をかけているね、すまない。」
私はテオの頬に触れる。
「謝らないでください。私の仕事なのですよ?貴方の妻であるならば当たり前の事です。」
テオが私の手に、頬に口付ける。
「俺は本当に果報者だ。」
最近、ジルが考え事をしている。二人で過ごしている時でさえ、心ここに非ずといった事が増えた。国政について王宮に行かないといけない俺に代わって家の事を任せているのだから、仕方ないにしても。何かあったのだろうか。
朝食後、テオを見送った後、ギリアムを呼ぶ。
「お呼びですか、奥様。」
私は侍女たちを下がらせて言う。
「ギリアムにお願いがあります。」
ギリアムは顔色一つ変えずに頷く。
「何なりと。」
溜息を一つついて言う。
「この間、マクミラン家のお茶会に行ったのは知っているわね?その時にマクミラン嬢にお話があると言われて二人だけでお話をしたの。マクミラン嬢はテオと懇意にしていて、逢瀬を重ねていると仰っていたわ。」
ギリアムが驚きの表情をする。
「何と!そのような事を?」
私は笑って言う。
「えぇ、その逢瀬の時に忘れて行ったタイとカフスボタンをテオに返しておいて欲しいと仰って、私にタイとカフスボタンを見せてくれたの。確かに我が家紋が入っていたわ。」
ギリアムは難しい顔をする。
「当然だけど私はテオを疑ったりはしてない。だとしたら…」
続きはギリアムが言う。
「我が屋敷にマクミラン家の間者が居る、という事ですね。」
私は頷く。
「その通りよ。」
ギリアムは私にお茶をいれてくれる。
「テオは外部でタイを外したり、カフスボタンを外したりはしない。タイもカフスボタンも我が屋敷にあるべきもの、それをマクミラン嬢が持っていたのだから、我が屋敷から盗み出されたものでしょうね。」
お茶の良い香りがする。
「使用人たちの事はあなたが一番掌握しているでしょう?なのであなたに探って欲しいの。間者が誰なのか。」
ギリアムはホンの少し下がって頭を下げる。
「かしこまりました。」
お茶を一口飲む。
「屋敷の方は任せるわ。私は私で少し探ってみたい事もあるから。」
ギリアムが微笑んで言う。
「奥様はお強いのですね。」
そう言われて笑う。
「それ、テオにも言われたわ。」
ギリアムを見て微笑んで言う。
「これでもヴァロアの一人娘だったのよ?謀の一つや二つ、解決出来なければ。今は情勢も不安定だし、テオも忙しいでしょうから、テオには伝えなくて良いわ。」
その日の深夜から、私は毎日自分の部屋の机に向かい、書類と睨めっこをした。頭を抱える。粗方は整理出来た。テオ殿下の部屋に入れる人間は限られている。下女や下男には無理な話。一番可能性が高いのはやはり侍女だろう。不意にベルが鳴る。テオ殿下だ。私はテオ殿下の部屋に向かう。
「ギリアム、俺に報告は無いか。」
言うとギリアムは少し躊躇っている。ギリアムがこれだけ躊躇うのは珍しい。
「どうした。言ってみろ。」
ギリアムは大きく息を吸い込んで話し出す。
「実は奥様から密命を受けております。」
やはりな、と思う。ここ数日、ジルは何かと上の空だった。
「どんなだ。」
聞くとギリアムが言う。
「奥様からは殿下にはお伝えしなくて良いと言われております。」
つまりは自分で対処出来る、という事か。
「いいから、言ってみろ。」
言うとギリアムが言う。
「先日、奥様はとあるお茶会にご招待されてそのお茶会に参加されました。そのお茶会でお茶会の主催者の方とお二人でお話されたそうなんですが、これがちょっと、いわゆる謀と言いますか…」
歯切れが悪い。
「謀?」
聞くとギリアムは苦笑いして言う。
「そのご令嬢が殿下と逢瀬を重ねていると世迷言を仰っているそうです。」
逢瀬?これは面白くなって来た。
「奥様に証拠として殿下のタイとカフスボタンを見せたそうでして。忘れ物だから奥様にお返しすると。」
鼻で笑う。
「それで?」
聞くとギリアムは言う。
「奥様は返すなら本人に返すように仰ったそうです。」
さすがは俺の妻。
「で、そのお茶会の主催者は誰なんだ?」
ギリアムが言う。
「マクミラン嬢です。」
その名を聞いて俺は吐き気がした。
「あの女狐め、またこんな事やってるのか。」
ギリアムは笑って言う。
「奥様は微塵にも殿下を疑ったりはしておりませんでした。その代わり、」
そこからは俺が言う。
「マクミラン家の間者がこの屋敷に居るって事だな。」
ギリアムが頷く。
「はい。」
なるほど、ジルはジルで色々探りを入れている、という事か。
「殿下は忙しいから伝えなくて良いと、奥様に言われておりました。」
俺は微笑む。
「優しいな。」
確かに俺はここ何日も国の政で忙しくしている。
「で、心当たりはあるのか?」
ギリアムが難しい顔をする。
「大体は整理出来ましたが、何せ証拠がございません。」
俺は少し考える。
「確実に間者では無い者は?」
ギリアムが言う。
「侍女長のメアリー、殿下の侍従のダイナスとノリス。」
それ以外は可能性があるという事か。
「ならばノリスに部屋の出入りを監視させろ。内密にな。俺の部屋とジルの部屋が繋がっているのだから、ジルの侍女の可能性もある。ノリスを俺の部屋に配置しておけ。」
ギリアムが微笑む。
「ありがとうございます。」
俺は笑って言う。
「間者を見つけたらジルに報告しろ。対処はジルに任せるとしよう。」