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第16話ー爪痕と収束ー

すぐにグラハム嬢が連れて来られる。


「エドワード様!」


キンキンと耳障りな声だ。侍従がグラハム嬢を跪かせる。


「痛い、何するんですか!」


事態が飲み込めていないのだなと嘲笑う。


「グラハム嬢。」


兄上が言うとグラハム嬢はハッとして兄上を見る。


「国王陛下…」


この状況を見て顔面蒼白になる。


「この馬鹿者が其方に渡した宝飾品やドレスはまだ持っているな?」


グラハム嬢は床に額を付けて言う。


「はい、お部屋にございます…」


兄上は侍従に言う。


「回収しろ。」


侍従は頭を少し下げて言う。


「かしこまりました。」


すぐに侍従が出て行く。


「あれは、私がヴァロア嬢に贈ったものだ。断じて其方に贈ったのでは無い。」


俺の場所から見てもグラハム嬢はブルブルと震えている。


「では、聞く。グラハム嬢。それらのものが其方では無くヴァロア嬢に贈られる筈だったという事実を其方は知っていたか?」


グラハム嬢はブルブル震えながら言う。


「いえ、知りませんでした…エドワード様が私の為に用意してくれたものだと思っておりました…」


兄上が溜息をつく。


「まぁ知っていようが、いまいが、どちらでも良い。」


エドワードもグラハム嬢も俯いている。


「其方たちが共謀して横領を行った事実に変わりは無い。よって、エドワード、グラハム嬢、二人を北の塔に幽閉する。」


二人ともが顔を上げる。


「期間は30年。」


兄上が冷たく言う。


「幽閉だなんて!酷すぎます!」


グラハム嬢が叫ぶ。次の瞬間、兄上が杖をドンと衝く。


「幽閉で済んで良かったと思うべきだと思うが?」


俺が嘲笑うように言う。


「お前の婚約者が昨日、何をしたのか、聞いてみれば良い。」


グラハム嬢は俺にそう言われてエドワードを見る。


「エドワード様、何をしたの…?」


エドワードは顔を背けて言う。


「うるさい!」


俺は笑う。


「コイツはな、昨日、俺の妻を襲ったんだ。無理矢理、結婚させられたんだと自分自身に思い込ませて、俺の妻を手篭めにしようとした。」


グラハム嬢が真っ青になる。


「エドワード、様…?どうして…?ジル様より私を愛してるって言ってくれたじゃないですか!」


エドワードは吐き捨てるように言う。


「君がジルに勝てる訳無いんだ、そんなの最初から分かっていた事だろ。」


グラハム嬢がエドワードに縋り付く。


「じゃあ!最初からエドワード様は私では無く、ジル様を…?」


聞いていられない。


「最初からジルのほうが好きだった、愛してたなんて言うなよ?」


俺が言うとエドワードが顔を歪める。


「お前のそれは愛じゃない。愛してるのに相手の曇る顔が見たいだなんて、歪んでるにも程がある。」


俺はエドワードの前に立って言う。


「勘違いするなよ?お前がジルを捨てたんじゃない、お前がジルに捨てられたんだ。」


そこで兄上が杖をまたドンドンと衝く。侍従たちが入って来る。


「連れて行け。」



兄上と共に兄上の部屋に戻る。部屋には王妃殿下が居た。


「セリーヌ。」


兄上がそう言うと王妃殿下が顰め面で聞く。


「終わったのですか?」


兄上が溜息をついて言う。


「あぁ、終わった。北の塔に幽閉する。」


王妃殿下は鼻で笑う。


「そうですか、やっとあの者の顔を見なくて済むのですね。」


嫌悪の感情を隠さないのは珍しいなと思う。そして俺を見て表情を変え、俺に駆け寄り俺の手を取り聞く。


「ジルは?大丈夫なのですか?」


俺は王妃殿下の手を取り言う。


「大丈夫です、手首に腫れがありますが、それ以外の怪我はありません。」


王妃殿下は辛そうに言う。


「可哀想に。」


このやり取りだけでエドワードがどれ程、王妃に憎まれていたかが分かる。王妃殿下は俺の手を離すと兄上に向き直り言う。


「それもこれもあなたの不始末です。」


そう言われても仕方ないなと思う。兄上は溜息をついて言う。


「分かっている。」



王太子殿下ことエドワードは王妃殿下の実子では無い。妾が産んだ子だ。妾はエドワードを産んですぐに亡くなった。対外的には王妃の子供として育てられた。しかし、王妃がそれを受け入れられる筈も無く、エドワードは王妃では無く乳母に育てられている。父親である兄上は一応、それなりに愛情を注いだようだが、母親だと思っている人に突き放されて育ったエドワードはいつしか歪んでしまったのだろう。エドワードは昔から癇癪持ちで感情のコントロール出来ない事があった。大人になるにつれて、その癇癪の出し方が狡猾になっていった。自分よりも弱い者を虐げる事で自分の優位を保とうとしていた。そもそも王の器では無いのだ。勉強も不出来、剣の腕も無く、あるのは王太子という肩書きだけ。それでもそんな自分を戒め、努力を重ねれば王として育つ可能性はあった。しかしそれをエドワード自身が棒に振ったのだ。


「ジルには私からお見舞いを贈ります。」


王妃殿下が言う。兄上が頷く。


「そうしてくれ。」


そして王妃殿下は俺を見て言う。


「ジルを頼みますね…恐らくは今一番貴方がジルを労わって慈しんであげられるから。」


その瞳は慈愛に満ちていた。


「はい、心を砕いて、この命に代えても。」



俺は屋敷に戻る。エドワードは幽閉された。もう二度と顔を見る事は無いだろう。30年と言ったが、30年もあの塔で生きられる訳が無い。事実上の処刑と同じ事。自ら手を下すか、ゆっくり殺すか、の違いだけだ。



部屋に入る。ジルはまだ眠っていた。俺はベッドに潜り込んでジルを抱き寄せる。ジルは俺の胸に頬擦りして言う。


「どこかへ?」


俺は少し笑って言う。


「あぁ。」


ジルは俺の胸にまた頬擦りして言う。


「目が覚めた時にテオが居なくて寂しかったです…」


そう言うジルが可愛くて仕方ない。


「ごめん。」


ジルの頭を撫でる。一息ついて言う。


「兄上のところへ行って来た。」


ジルの身体がピクッと動く。


「エドワードは北の塔に幽閉が決まった。」


ジルが顔を上げる。見るのが怖かった。まだエドワードに少しでも想いが残っているならば、きっと辛そうな顔をしているに違いない。


「テオ。」


呼びかけられてジルを見る。ジルの瞳は慈愛に満ちていた。俺の頬にジルの手が触れる。


「きっと国王陛下はお心を痛めているでしょうね…」


俺はホッとした。そしてエドワードの父親である国王陛下の心中を察する心の広さに泣けてくる。


「ジル、君は何でそんなに強いんだ…」


あんなに震える程、怖い思いしたというのに。ジルは微笑んで言う。


「私が強いのはテオ、貴方が傍に居てくれるからです。いつもこうして私を抱き寄せて抱き締めてくれるから。」


俺はジルを抱き締める。


「あぁ、いつでもこうして抱き締めるよ。全身全霊で君を愛すると誓ったんだから。」



それからしばらくは穏やかな日々が続いた。ジルは俺の妻として立派に屋敷を切り盛りしてくれた。俺はそんなジルに家を任せて騎士団の仕事、国政に関する事に集中出来た。エドワードが幽閉された事で王位継承に関して貴族間でまことしやかに囁かれている噂があった。それは次の王は俺だという事。俺はそれを鼻で笑った。俺が王になる事など有り得ない。兄上はまだ若い。これから子供を設ける事も出来る。しかし王妃と子供を、となると難しいかもしれない。となれば国王が側室を迎えるのが定石ではある。国王の側室となり、子をなせばその子は確実に次の王だ。しかし兄上は王妃を愛している。エドワードの事もあり、側室を迎える事には慎重だろう。それでも王位継承問題を考えれば身を切る思いでそれをしなければいけないかもしれない。難しい問題だ。


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