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第15話-波紋の爪痕ー

「大丈夫か?」


テオが心配する。


「大丈夫です、少し腕が痛いだけです。」


王太子殿下に掴まれた部分が赤くなっている。


「何か冷やすものを、」


そう言うテオを制する。


「テオ、大丈夫ですから。」


テオは泣きそうな顔をしている。


「今宵だけは乗り切ります。何も無かったように。」


テオが私の頬を撫でる。テオを見上げる。


「パーティーが終わったらテオが慰めてくださるんでしょう?」


テオが私を抱き締める。


「あぁ、俺が慰めるよ。」


肘の下まである手袋をする。それで掴まれた場所は隠せる。痛みはあった。でも我慢出来ない程では無かった。何とか乗り切ろうと思った。完璧な夜にしなければ。テオの威信に関わるのだから。



侍従を介して起こった事を国王に報告する。国王は一瞬顔を顰める。離れた場所から俺が頷くと国王である兄も頷く。



長い夜が終わる。屋敷に戻って俺はすぐに指示を出す。


「何か冷やすものを!早く!」


部屋のソファーにジルを座らせる。肘下までの手袋を外す。手首が腫れている。


「何て事だ…」


ギリアムはそう言うと走って部屋を出て行く。俺はギリギリと歯を食い縛る。


「アイツ、絶対に許さん…!」


すぐに水に浸したタオルをギリアムが持って来る。俺はそれを受け取ってジルの手首を冷やす。ジルの身体が震えている。ジルの肩を抱く。


「怖かったよな、すまない、怖い思いをさせて…俺が傍に居たというのに…」


ジルは腕を掴まれてからここへ戻って来るまでの長い間、微笑みを称えて、痛みを微塵にも感じさせず、完璧に振舞って見せた。そんなジルが健気で泣けてくる。


「こちらを。」


ギリアムが患部を冷やす薬を塗ったガーゼを渡してくれる。ジルの手首にそれを巻いて包帯を巻く。不甲斐ない自分に泣けて来る。守ると約束したのに。


「テオ、泣かないで…」


ジルが俺の頬に触れる。涙を拭って言う。


「悪いが、皆、下がってくれ。」


心配して集まって来ていた皆を下がらせる。部屋に二人きりになり、俺はジルを抱き上げてベッドへ運ぶ。ベッドに下ろし、ジルのドレスを脱がせてやる。下着姿のジルにガウンを着せて、自分の服を脱いでガウンを羽織る。宝飾品を外して髪飾りも外してやる。ベルを鳴らしてギリアムを呼び、脱いだ服を運び出して貰う。ベッドに入ってジルに寄り添う。ジルは俺の胸に顔を埋めて言う。


「抱いて、ください…」


ジルを抱き締めて聞く。


「良いのか?」


ジルが顔を上げて言う。


「抱いて欲しいのです…貴方を愛してるから…こんなふうに夜を終わりにしたくない…」


ジルに覆い被さり口付ける。



その夜は何度も愛し合った。何度も絶頂に達した。ジルが俺の腕の中で眠る。二度とこんな事が起こらないようにしなくてはいけない。たとえ相手が王太子だろうと容赦はしない。この俺に、俺の妻に害を成す者は徹底的に排除してやる。



朝方、俺はベッドを抜け出し、服を着ると部屋を出る。ギリアムが脇に控えている。


「ジルはまだ眠っているから、起こさないように。ゆっくり寝かせてやってくれ。」


ギリアムは俺にマントを渡す。


「ん、ありがとう。行ってくる。」



ドアを開ける。


「来たか、テオ。」


国王の部屋にノックもせずに入る。兄上は気にも留めない。ツカツカと歩いて兄上の目の前まで来て言う。


「兄上よ、どうするつもりだ?」


兄上は苦笑いして言う。


「これから話を聞きに行く。お前も来い、テオ。」


小さな尋問室にエドワードが居た。中に入るとエドワードが俺たちを見て言う。


「父上!」


エドワードは立ち上がり兄上に縋り付く。


「父上!俺をこんな場所に押し込めるなんて!」


兄上はエドワードを振り払う。


「座れ。」


冷たくそう言われてエドワードは絶望の表情を浮かべる。俺は入口の横の壁に寄り掛かり腕を組む。エドワードが椅子に座り項垂れる。


「話を聞いてやる、話せ。」


兄上は向かい側にある椅子に座る。


「何故、あんな事をした?」


兄上が問う。エドワードは顔を上げて叫ぶように言う。


「ジルは…俺の事が好きなんだ!」


言われた途端、カッとなる。俺が思わずエドワードに向かって行こうとすると兄上がそれを制する。


「まぁ待て。」


ギリギリと歯を食い縛る。


「続けろ。」


兄上が冷たく言う。


「5年だ!5年も!ジルは俺の婚約者だったんだ、なのに婚約破棄した翌日に別の誰かと婚約するなんて!そんな事あって良い筈無いんです!あって良い筈無い…」


兄上は溜息をついて言う。


「そうだ、お前の言う通り5年もあったんだ。なのにお前はヴァロア嬢の心を掴むどころか、踏み躙ったんだ。愛する人が居ると言ってな。」


握った掌に爪が食い込む。


「聞けばお前はヴァロア嬢を蔑ろにしていたそうじゃないか。何故だ?」


兄上が聞く。


「悔しかったんです…ジルは俺よりも優秀で、俺よりも父上や母上に愛されていた…実の息子の俺よりも!そんな時にマリエラに出会いました。マリエラは俺を好きだと言ってくれた、マリエラと一緒に居るとジルが顔を曇らせる、胸が透く思いでした…」


それであんな事を…そう思うと一思いに殺してやりたくなる。


「ヴァロア嬢の顔を曇らせるだけなら、お前が堂々と婚礼パーティーに現れるだけで良かったんじゃないか?」


兄上が言う。


「ジルは!俺の事を好きじゃないといけないんです!俺に未練たらしく縋り付いて、捨てないでくれと懇願して、ずっとその顔を曇らせたままでいれば良かったんだ!」


俺は我慢ならず壁を蹴ってエドワードに掴みかかる。


「女一人満足させる事も出来ない青二才が何を言う!ジルがどんな思いでお前と居たと思う?どんな思いで…!!」


俺はエドワードを投げ捨てるように手を離す。ここで殴ってもジルは喜ばない。


「花束一つ贈らないで、好きでいろ?お前は何様だ。」


そこで兄上が言う。


「ちょっと待て。今、花束一つ贈らないと言ったか?」


俺はエドワードを一瞥して言う。


「あぁ、そうだ。ジルはコイツからプレゼントなんて貰った事が無いと言っていた。」


兄上が更に聞く。


「それはいつから?」


俺は顔を背けて言う。


「今まで貰った事が無いと言ってたから、最初からだろ。」


次の瞬間、空気が凍った。あ、これは兄上が本気で怒っていると察する。


「エドワード、重要な事だから、良く思い出せ。二年前、ヴァロア嬢への贈り物としてお前に渡した『あのネックレス』をお前はヴァロア嬢に渡していなかったのか?」


空気が変わったのをエドワードも感じたんだろう、エドワードは震えながら言う。


「いえ、あの、」


兄上が続ける。


「国王である私からヴァロア嬢の成人のお祝いに渡したドレスや靴、その他の宝飾品、花は?」


兄上がこれだけ怒りを空気に混ぜるのは久々だなと思う。


「エドワード!!答えろ!!」


エドワードはビクッとして震えながら言う。


「あのネックレスはマリエラに渡しました…その他のものも全てマリエラに…」


兄上が大きな溜息をついて首を振る。


「だって!マリエラは子爵家で、ジルは侯爵家じゃないですか!侯爵家ならば、ヴァロアならば、父上からでなくとも豪奢なドレスも宝飾品も手に入るでしょう!でもマリエラは違う!マリエラには俺が用意してやらないと、ジルと張り合えない…」


何が兄上の逆鱗に触れたのか、考える。


「テオ。」


呼びかけられて言う。


「何だ、兄上。」


兄上は腕を組み言う。


「お前はこの国の騎士団団長だな?」


何を当たり前の事を…。


「あぁ、そうだ。」


兄上が続ける。


「この国で横領した者はどんな罰を受ける?」


横領?急に言われて答える。


「横領は額にもよるが。大体3年から10年の禁固刑だな。」


兄上が聞く。


「例えば国宝級のネックレスならば?」


あぁ、そういう事か。


「国宝級のネックレスならば10年は堅いだろうな。」


エドワードの顔色が変わる。


「高級なドレス、靴、細かな宝飾品、花束では?」


兄上に問われて言う。


「大体3年から5年だろうね。ドレス5年、靴3年、宝飾品で8年、花束3年…ざっと…19年ってとこか。」


兄上が更に言う。


「プラス国宝級のネックレスが10年か。」


俺は嘲笑うように言う。


「全部同じ奴がやったなら30年ってとこか。」


エドワードは顔面蒼白になる。


「エドワード、グラハム嬢はそのネックレスやら宝飾品をまだ持っているのだろうな?」


エドワードは震えながら言う。


「恐らく…たまに身につけてジルに自慢していたので、持っていると思います…」


最後は消え入るような小さな声だった。兄上が持っていた杖を床にドンドンと衝く。すぐに侍従が入ってくる。


「グラハム嬢は王妃教育で王宮に居るな?」


侍従が答える。


「はい。」


兄上が冷たい声で言う。


「ここへ連れて来い。」


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