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第13話ー温室の隅でー

長い廊下を歩く。


「王城と繋がっているのですね。」


ジルが言う。


「あぁ、一応俺はこの国の国防を担っているからね。何か有事があればすぐに王城に来れるようにしてある。」


俺は少し笑って言う。


「だから手紙なんて必要無いんだよ。使者を送ってくれればそれで用は済むんだ。なのに兄上は手紙が好きでね。この間なんて王宮の温室の花が綺麗に咲いたから見に来いなんて、そんな手紙を寄越したくらいだ。」


クスクスとジルが笑う。


「国防を担うテオにお花を見に来いだなんて…。」


俺をテオと呼ぶのに慣れたようだ。俺をテオと呼ぶのは兄上以外に居なかった。今は愛しの婚約者が俺をそう呼ぶ。あぁ何て幸せなんだ。


「これからはジルに手紙が届くだろうね。俺が相手をしないから。」


ジルは微笑み俺を見上げて言う。


「テオの妻になるのですから、お相手はちゃんとします。もちろんお花を見たり、お茶をしたり、だけですけどね。」


妻になるとジルが言う。俺は足を止めて溜息を吐く。


「テオ…?」


ジルが聞く。俺は急に照れ臭くなって咳払いをして言う。


「いや、何でも無い、行こう。」



広間に入ると皆が歓談していた。


「お父様!」


ジルがそう言って俺から離れる。


「ジル!」


ジルの父上であるロバート・ヴァロアが両手を広げてジルを受け止める。


「妬けるか?」


兄上がいつの間にか俺の横に居て、聞く。


「バカ言うな。父上だぞ?」


兄上は楽しそうに笑っている。そして目を細めて言う。


「今宵のヴァロア嬢は一際美しいな。お前が贈ったのか?」


俺は腕を組んで言う。


「そうだ。俺が選んだ。」


兄上は俺の肩に手を置いて言う。


「良かったな。兄として本当に嬉しいぞ。」


兄を見ると兄は本当に嬉しそうにしている。全く、この人は。昔からそうだ。良く言えば人望が厚い、悪く言えば人たらし。兄には王としての素質があった。けれど剣術では俺の方が上だった。だからこそ俺は兄に忠誠を尽くして兄の剣となり盾となって来た。互いに自分の得意分野で実力を発揮しているだけ。それでも俺はやはり王である兄に褒められるのは嬉しかった。兄も俺のそういう心情を知ってか知らずか、事有るごとに俺に頼ってくれた。


「さあ、食事にしよう。」


兄がそう言う。



食事はとても楽しく進んだ。食後、場所を移して兄と俺とヴァロア家当主の三人で話す。ジルは王妃殿下とお話をしている。王妃教育の度に王宮に来ていたジルは王妃殿下とも顔馴染みだ。


「では一週間後で良いな?」


兄が言う。


「承知致しました。」


ヴァロア家当主が満足そうに言う。


「一週間もあれば滞りなく支度出来るだろう。」


俺が言うと兄は笑って言う。


「それはそうだろう、天下のヴァロア家と王族なんだからな。」


兄は他にも政務があって退室した。俺はヴァロア家当主と二人になる。


「ヴァロア殿。」


言うとヴァロア家当主が言う。


「ロバートとお呼びください、王弟殿下。」


俺は思っていた事を聞く。


「ジルが持参したドレスが少々少ないようだが?」


ロバートは苦笑いをする。


「あれもこれも持たせようとしたのですが、ジルが厳選したのです。自分の持って行くドレスでクローゼットを埋めたくないと言ってきかなくて。」


そうか、なるほどと思う。


「あの子は自分の気持ちを正直に言うのが少し苦手です。何でも相手に合わせてしまう所があります。長く王妃教育を受けて、王太子殿下との婚約も相まって自分の気持ちを抑えることに慣れてしまっているようです。」


ロバートは俺を真っ直ぐ見て言う。


「ジルはヴァロアの宝。王弟殿下に託すのですから、この世の誰よりも幸せにしてください。」


俺は真っ直ぐにその気持ちを受け止める。


「言われなくともそのつもりだ。安心してくれ。」



その後は国勢やら国防やらの話をする。ジルのクローゼットを俺が選んだドレスで埋めてやろうとそう考えながら。



広間で皆と別れ屋敷までの長い廊下を歩く。


「楽しかったかい?」


聞くとジルは笑って頷く。


「はい、とても。王妃殿下とお話するのもお久しぶりで。今度お茶をするお約束をしたんですよ?」


嬉しそうに話すジルを見て思う。以前のジルはこんなふうに笑ったりするのを見た事が無かったなと。


「そうか。良かったな。」


ジルが俺を見上げて聞く。


「お日にちは決まったんですか?」


ジルの手を握って言う。


「あぁ、一週間後にな。」


ジルは嬉しそうに言う。


「楽しみです。」


共に長い廊下を歩きながら思う。俺を暗く深い沼の底から救い上げてくれた人は、俺と出会って俺と共に居る事で感情をどんどん表に出すようになっている。今まで抑えられて来た自分の気持ちを、抑える事を強いられて来た自分の気持ちを表現する事が出来るようになって、一段と輝きを増している。そしてそれは真っ直ぐに俺に向かって来ている。ふと温室が見える。俺はジルの手を引く。


「おいで。」


廊下から外れて温室に入る。


「入ってしまっても良いのですか?」


ジルが聞く。俺は笑う。


「俺が無断で入っちゃいけないところは国王陛下と王妃殿下の部屋くらいだな。」


温室の花たちは夜でも咲き誇っている。


「夜に来る温室も良いですね。とても綺麗…」


ジルが花たちを見て言う。俺はジルに向き合う。ジルは少し驚いて俺を見る。俺は片膝をついてジルを見上げる。


「ジル、俺は今日、ジルの父上に約束をした。この世の誰よりも貴方を幸せにすると。この俺に出来る事は全て全力でやる。貴方を全身全霊で愛すると誓うよ。貴方にはいつも正直でいよう。この俺を深く暗い沼の底から救い上げてくれた貴方に心からの愛とこの俺を捧げるよ。」


ジルは瞳からポロポロと涙を零して手を差し伸べる。俺がその手を取るとジルが俺を引っ張って立たせる。その勢いのままジルが俺の胸の中に飛び込んで来る。ジルを抱き留め抱き締める。


「この先もずっと一緒に居てください。私から離れないで。テオ、貴方が居ないと生きていけないから…」


ジルの顔を上げさせる。


「離れないよ、ジル。ずっと一緒に居る。」


口付ける。舌を絡ませ合って求め合う。

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