「お部屋にご案内致します。」
執事のギリアムが言う。テオ殿下は私をエスコートして下さる。御屋敷中をテオ殿下がエスコートしてくれる。案内されても覚えられない程の広さだ。
「ここがジルの部屋だよ。」
両開きのドアが開かれる。中はラベンダー色を基調にしたとても広いお部屋だった。中に一歩入るとふわっと花の香り。至る所に花が飾られている。調度品は真っ白で統一され、天蓋付きのベッドには花びらまで散らされている。
「気に入って貰えたかな?」
テオ殿下が聞く。私は感激して言う。
「ハイ、とても。」
部屋に荷物が入れられる。
「名残惜しいが、俺は騎士団の仕事に戻るよ。」
テオ殿下は私の手に口付ける。
「片付けが一段落したら、騎士団の方に顔を見せに来てくれるかい?」
聞かれて頷く。
「ハイ。」
テオ殿下は私を抱き寄せると私の頭を撫でる。
「待っているよ。」
そう言って私から離れると脇に控えていた執事のギリアムに言う。
「後は頼むぞ。」
マントを翻し颯爽と出て行く殿下を見送る。何て素敵な方なの…。こんなに甘くて優しいなんて、想像もしていなかった。
「お隣はテオ殿下のお部屋となります。」
執事のギリアムにそう言われて少し驚く。ギリアムは少し笑って言う。
「殿下がどうしても隣の部屋にしろと仰るので。」
何だか我儘を言っている子供の事を話すようだ。それでもギリアムもどこか嬉しそうにしている。
「お荷物などは私たち、使用人に任せて、ジル様は騎士団の方へ参りましょうか。その方が殿下もお喜びになるでしょう。」
広く大きな敷地の中に騎士団の詰所、寄宿舎、演習場があるそうだ。
「本来は敷地内に配置するものでは無いのですが、効率を考えて敷地内に規模の小さいものを置いたのです。」
そこでギリアムがクスッと笑う。
「お陰様でここは国内のどの邸宅よりも安全です。」
私が現れるとテオ殿下が走って来る。
「もう来たのか!」
そして私の手を取り口付ける。テオ殿下は上着を脱いでいて胸元が肌蹴ている。逞しい胸元が露になっていて私には刺激が強い。テオ殿下は気にする様子も無く、私の腰を抱く。
「皆に紹介しよう。」
テオ殿下はそう言うと私を歩くように促す。
「ファンターネ国第一騎士団!整列!」
誰かが大きく号令をかける。かなりの人数が私たちの前に整列する。テオ殿下は私に微笑むと前を向き、精悍な顔つきになる。
「皆に紹介しよう、我が愛しの婚約者、シゼル・ヴァロア嬢だ。」
騎士団の皆が一斉に敬礼する。壮観な景色だった。こんなに多くの騎士たちを束ねているのがテオ殿下なのだと思うと、私の前で見せる顔とはまた違う魅力を感じる。
「ジルは今日から我が屋敷に住む。屋敷内ですれ違う事もあるだろう、騎士団の人間として決して礼節を欠くな。」
全員が一斉に返事をする。
「挨拶は以上だ!全員、戻れ!」
テオ殿下は号令をかけると、私を見下ろし、ふわっと微笑む。
「夕食には戻る。今日はジルがうちに来た記念日だから、二人きりでゆっくり食事しよう。」
テオ殿下が私の手に口付ける。
「はい、楽しみにしております。」
テオ殿下は微笑んで私に手を振り、戻って行く。
部屋に戻ると荷物はほとんど片付けられていた。
「お茶でもいかがですか?」
ギリアムが聞く。
「そうですね、そうしましょうか。」
言うとギリアムは微笑んで言う。
「敬語などは使わないで頂けますか。私たち使用人は今日からジル様も主でありますので。」
するとそこでノックが響く。ギリアムが目配せをする。私が頷くとギリアムが言う。
「入れ。」
失礼しますと言って入って来たのは3人の女性。年配の女性が二人の若い子を連れて来たといった雰囲気だ。
「お初にお目にかかります、侍女長のメアリーと申します。」
メアリーはスラッとした上品な雰囲気だ。
「本日からジル様の身の回りのお世話をさせて頂く者たちを連れて参りました。」
メアリーがそう言うとメアリーの後ろに居た二人が前に出る。
「アンと申します、よろしくお願い致します。」
「サリーと申します、よろしくお願い致します。」
それぞれ挨拶してくれる。
「よろしくね。」
言うとギリアムが口を挟む。
「この者たちは私めが厳選しました故、何かあればすぐに仰ってください。」
二人ともとても緊張しているようだった。こういう時はすぐにでも何か申し付けた方が良いだろうと思い、言う。
「早速で悪いけど、今夜の夕食に着ていくドレスの相談をしたいのだけど。私の持って来たドレスとアクセサリーの把握をして欲しいの。なのでクローゼットに行って確認して来てくれる?」
二人とも笑顔になり、ハイと返事をしてクローゼットに向かう。私は微笑んでギリアムの煎れてくれたお茶を飲む。
「さすがですわ。」
アンが感心しきりに言う。
「二人ともとても緊張していたんです。すぐに指示を出してくださってありがとうございます。」
私は微笑んで言う。
「二人とも挨拶がきちんと出来ていたので、どこかのご令嬢なのでしょう?それでしたらドレスやアクセサリーの把握をして貰っていた方が私としても動きやすい、それだけです。」
ドレスを選んでアクセサリーを決める。家での夕食なのでそれ程、飾らなくても良いだろう。淡いラベンダー色のドレスを選び、薄いピンクのアクセサリーでまとめる。
「とても素敵です…」
感嘆の溜息と共にアンが言う。
「ありがとう。」
「お食事のご用意が整いました。」
そう言われて広間へ向かう。広間へ入ると大きなテーブルなのに食器は二人掛けの椅子の前に並んでいる。そういえば食事の時は二人掛けの椅子を用意させると仰っていたなと思う。テオ殿下はまだいらっしゃらない。二人掛けの椅子に向かう。すると廊下からバタバタと足音がしてドアが開く。
「すまない、遅れた。」
タイを結びながらテオ殿下が現れる。テオ殿下は黒の正装をしていた。私を見るなりテオ殿下は手を止めて一瞬、その動きを止める。そして咳払いをすると私の前に来る。
「余りに美しくて見惚れてしまった。」
そう言われて何だか気恥ずかしくて俯く。テオ殿下こそ、慌てて走って来たりして、待ちわびていてくれたのを感じて、胸が疼く。テオ殿下は私の手を取ると口付けて椅子に座るように促す。テオ殿下の横に座る。こんな形式で食事をするなんて事は今まで無かったので、少し戸惑う。テオ殿下の引き締まった体を包む正装はとても素敵だった。本当にこの方は何を着ても絵になるのだなと思う。
楽しく食事をし、テオ殿下に連れられて広間を後にする。
「少し話をしよう。」
そう言ってテオ殿下は私をテラスへと連れていく。夜風にテオ殿下の銀髪が揺れる。テオ殿下は着ていた上着を脱いで私に掛ける。
「寒くないかい?」
私は微笑んで頷く。
「ハイ。」
テオ殿下は私を背後から包むように抱き寄せる。
「美しくて息が止まりそうだ。」
私はクスッと笑ってテオ殿下に体を向けてその逞しい胸板に頬を寄せる。
「テオ様も素敵です。」
テオ殿下は私を抱き締めると言う。
「この日をどれ程、待ち望んだか…」
テオ殿下の体温を感じる。
「どれ程なのですか?」
聞くとテオ殿下は私の顔を覗き込んで言う。
「ジルが手に入るならこの命と引き換えでも構わないよ。」
テオ殿下を見上げる。
「それでは私が困ります。」
テオ殿下は微笑んで聞く。
「困る?」
私はその美しい造形のお顔に触れる。
「はい…テオ様とこうして触れ合う事も出来なくなってしまいますから…」
テオ殿下のお顔が近付く。
「嬉しい事を言ってくれるんだね。」
口付ける。甘く優しい口付け。