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第5話ー悲しい思い出と新しい始まりー

歩きながら色々考える。ラベンダー色一色だとちょっとドギツイか。白を混ぜようか。


「テオ殿下!」


声を掛けられる。この声はあの青二才。振り向くとエドワードが走って来る。


「これは、これは。王太子。部屋での謹慎の筈では?」


エドワードは息を切らし聞く。


「ジルと、婚約したというのは本当ですか?」


カチンと来る。もうお前が呼び捨てて良い名では無いのに。まだ立場が分かっていないようだ。


「今朝付けで正式に婚約したよ。」


エドワードが食ってかかるように言う。


「でも!ジルは!俺の婚約者だったんだ!俺の事が好きな筈では?」


縋り付くというのはこういう事を言うんだろう。女々しいにも程が有る。大きな溜息をついて言う。


「王太子、いや、エドワード。お前はお前の意志でジルとの婚約を破棄したんだろう?愛する人が居るんだろう?なのに何故そんなに慌てている?」


エドワードは顔を歪めている。きっと悔しいのだろう。


「エドワード、お前にはきちんと言っておかないといけないな。ジルはもう俺の婚約者だ。お前の婚約者では無い。だから今後一切、彼女の事をジルと呼び捨てるな。それからヴァロアとは一切関わりを持つなと国王からも言われただろう?その禁を犯せばお前は王位を剥奪されるかもしれないんだぞ?良く心に留めておけ。自分の言動や行動には責任を持て。もう子供じゃないんだからな。」


そこまで言ってダメ押しする。


「今後二度と彼女の名を呼び捨てるなよ?彼女は俺のものだからな。」


悔しそうに顔を歪める王太子を他所に俺は歩き出し、思い出して立ち止まり、言う。


「ジルは俺からの告白で舞い上がってお前との婚約破棄など忘れていたと昨日、言っていたぞ?彼女はあんなにもクルクル表情を変えて、可愛い事この上無いな。」


歩き出すとエドワードが追って来る。


「いつから!ジル…ヴァロア嬢と?まさか以前から通じて…」


そこまで言われて俺はカッとなる。


「黙れ!!青二才!」


俺の放つオーラにエドワードが圧倒されているのが分かる。


「彼女は確かにお前を好いていた。昨日も涙を流していたからな。俺が!彼女を掻っ攫ったんだ。お前が彼女と結ばれるなら俺は二度とこの王都に戻らないつもりで辺境地に移住するつもりでいた。だがお前の愚行で俺にもチャンスが来たんだ。俺はそれを掴んだだけの事。」


エドワードににじり寄る。


「二度と彼女を侮辱するなよ?兄上の息子と言えど我慢には限界がある。」


俺は踵を返して歩き出す。胸糞悪い男だ。甘やかすからああなる。騎士団にも入れないようなヤワな男に興味など無い。そもそも剣の才も無い、王の器もあやしい、帝王学など微塵にも頭に入っていない。俺は歩き出しながら、また部屋や屋敷の事に思考を切り替える。



「ジル、支度は捗っているかい?」


お部屋に父と母が来る。


「ハイ、私は良いのですが、侍女たちがあれもこれもと持たせるので、選定が大変です。」


父も母もコロコロと笑う。


「こんなに早くに行ってしまうなんて、寂しいわ。」


母が私の背中に手を添える。


「3日程とお伝えしたらテオ様がガッカリなさったので…」


言うと父が笑う。


「相当、惚れ込まれているな。あのような誉れ高い方に見初められて、ジルは幸せ者だ。」


そう、テオ殿下はこの国の騎士団の団長であり、数々の武勲を挙げているお方だ。母が微笑んで言う。


「たまには帰ってきて顔を見せてね。」


そして真剣な顔になる。


「ヴァロアの名にかけて、お仕えするのよ。」



家族での晩餐を終える。明日には迎えの馬車が来る。テオ殿下からは晩餐の前に花束が届いていた。真っ赤な薔薇。メッセージカード付き。


『 愛しの婚約者、ジル

 支度は整ったかな?

 急かせるようようですまない

 一時でも早く貴方に逢いたい

 一時でも多く貴方と時を共にしたい

 明日、屋敷にて待っているよ

 最愛の人、ジルへ

 愛と尊敬を込めて

       テオドール・ド・ファンターネ』


こんなふうにメッセージカード付きで花束を貰うのは初めてだった。5年もの婚約期間で王太子殿下から花束はおろか、プレゼントなど貰った事が無かったから。プレゼントを贈り合うような年齢にはもう既に婚約してしまっていたし、王太子殿下の婚約者にプレゼントを贈る不届き者など居る筈が無かった。


「ねぇ、このお花、明日持って行けないかしら…」


言うと侍女が嬉しそうに言う。


「それは良い考えですね。ブーケにいたしましょう。」


侍女は薔薇の花束をブーケに作り替える。私は殿下から頂いたメッセージカードを大切にしまう。


「お嬢様、とても嬉しそうですね。」


左手の薬指に光るアメジストの指輪、薔薇の花束、メッセージカード。それらを見ながら微笑む。


「えぇ、とても嬉しいの。」


侍女は微笑んで私の髪を梳かす。


「最近のお嬢様はいつもお寂しそうで心配しておりましたので、こんなに笑顔のお嬢様を見ると私も嬉しいです。」


そう言われて思い出す。そういえばそうだった。私はここ何年もずっとこうして笑っていなかったなと。こんなにも心躍るような出来事は私には無かったのだ。愛する人からプレゼントなんて貰った事が無かったし、二人で街へ出掛ける事も無かった。王太子殿下には避けられていて、正式な場以外では私に触れる事すら無かったのだ。親同士が決めた政略結婚と言えど一緒に永く居れば、それなりの関係が築けると思っていた時期もあった。でもそれは踏み躙られた。グラハム嬢はいつも私に王太子殿下からのプレゼントを自慢していたっけ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


ハッとする。ポロッと涙が零れる。涙を拭く。感傷に浸っている場合じゃない。明日からはテオ殿下の元へ行くのだから。



朝食を食べて支度をする。朝から使用人たちはバタバタと荷物を馬車に乗せている。支度が出来て御屋敷を出ると目の前にはテオ殿下専用の王国馬車が待機している。サファイアブルーと白の豪奢なものだ。その馬車の前には騎士団の正装をした騎士が待機している。騎士の一人が私の前まで来て片膝をついて言う。


「ファンターネ国騎士団、団長補佐のマケイン・マドラスと申します。本日はジゼル・ヴァロア嬢の護衛を致します。」


この方がテオ殿下の補佐官。凛々しい顔つき。


「よろしくお願いします。」


言うとマドラス卿は立ち上がりニッコリと微笑むと手を差し伸べる。


「お手を。テオ殿下からお許しは頂いております。」


そう言われてクスッと笑う。許しだなんて。マドラス卿の手に自分の手を乗せる。



馬車に揺られる。向かい側にマドラス卿が乗っている。


「何かあればすぐに仰ってください。」


私はクスッと笑って言う。


「ハイ。」


マドラス卿は微笑んで聞く。


「少しお話しても?」


私は馬車に揺られながら頷く。


「ハイ。」


マドラス卿は微笑んだまま言う。


「昨日からテオ殿下はヴァロア嬢をお迎えする為に心を砕いております。今まで見た事の無い程、嬉しそうで…団員一同、驚いております。」


私が持っていたテオ殿下のイメージと言えば、筋骨隆々でいつも眉間に皺を寄せている、そんな人だった。


「私はテオ殿下と10年程前に初めて会ってからずっと剣の師として付き従って参りました。何度も戦場を共にし、時には互いの命を守り合って来た、戦友でもあります。」


そう話すマドラス卿の瞳は輝いている。


「そんな私でも見た事の無いテオ殿下を見て驚いているのです。」


マドラス卿は私を見つめる。不意にその瞳に切なさが混じる。


「ホンの数日前までは王都を離れ、辺境地への移住をお考えになっていたのですよ。」


そう言われて驚く。


「王都を離れる…?」


マドラス卿は苦笑いして頷く。


「ハイ。いくら理由を聞いても理由を話してはくれませんでしたし、いくら止めてもテオ殿下の意志が変わる事は無かったのですが、何となくその理由は分かっておりました。」


マドラス卿のやるせない表情を見て察する。そうか、数日前までは私はまだ王太子殿下と婚約していたのだった。自分の薬指の指輪を見つめる。ずっと前から造らせてあったと殿下は仰った。


「それが一昨日、一変したのです。」


そう言うマドラス卿は優しく微笑む。


「ヴァロア嬢、貴方がテオ殿下のお心を溶かしたのですね。」


私は恥ずかしくなり俯く。


「私が溶かしたのではありません、テオ殿下自らが私に歩み寄ってくださったのです。」


マドラス卿が鼻を啜る。驚いてマドラス卿を見るとマドラス卿は眉間をその手で押さえている。


「すみません、テオ殿下が昨日からとても嬉しそうで。もうここ何年もあのような笑顔の殿下を見ていなかったもので。殿下がとてもお幸せそうで、私も嬉しくて…」


テオ殿下はとても慕われているのだなと思う。そうでなければ団長など務まる筈も無い。テオ殿下のお人柄が良く分かる。


「本当にありがとうございます。殿下をあのように幸せに出来るのはヴァロア嬢だけなのです。」


そう言われて何だか私の方も泣きたくなって来る。



大きな御屋敷が見えて来る。王弟殿下の名に恥じない、まるでお城のような御屋敷。門を潜り、長い道を馬車に揺られる。見えて来る大人数の使用人の列。その真ん中にサファイアブルーの正装をしたテオ殿下。長い銀髪が風に揺れている。馬車が止まる。マドラス卿がドアを開けるとドアの向こうにテオ殿下が微笑んでいる。


「やっと来たな、愛しの婚約者殿。」


テオ殿下はそう言って手を差し伸べる。その手に自分の手を乗せる。馬車を降りようとすると、不意にテオ殿下が私の手を引っ張る。体勢を崩すとテオ殿下は私を受け止め、抱き上げる。


「テオ様…!」


こんな大衆の面前でこんなふうに抱き上げるなんて。テオ殿下は笑って私を下ろす。


「足はもう大丈夫かい?」


テオ殿下は私を見下ろして私の頬を撫でる。


「ハイ、大丈夫です。」


テオ殿下を見上げて答える。殿下は私の手を取るとその手に口付ける。そこで咳払いが聞こえる。咳払いの主の方を見るとそこには厳格そうな初老の男性。


「はじめまして、私、ここの執事をしております、ギリアムと申します。」


テオ殿下はクスッと笑って私に耳打ちする。


「ジルに名前を覚えて欲しいんだよ。」


そう言われて私もクスッと笑う。


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