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第2話ー王城を出た二人の想い

庭園を出ると王弟殿下の馬車が待機していた。王弟殿下は私を馬車に乗せると自分も乗り込み、私の横に座る。


「ヴァロア家へ。」


それだけを告げてドアを閉める。そしてハンカチを出すと私の肘にそれを巻き付ける。


「あの、大丈夫です、血で汚れてしまいますから…」


王弟殿下は微笑んで言う。


「ハンカチなど、いくらでも捨て置けば良いのです。」


そして自身の上着を脱ぐと私に掛ける。


「お寒いでしょうから、これを。」


王弟殿下を見上げて言う。


「でもそれでは王弟殿下が…」


王弟殿下が笑う。


「私なら大丈夫、遠征でここよりも寒い所へは何度も。この程度の寒さにやられるようなヤワではありません。」


ガタンゴトンと馬車が動き出す。馬車の揺れで体ごと揺れる。王弟殿下はそんな私を見てクスっと笑うと言う。


「今からする事をお許しください。」


そう言って王弟殿下は私を持ち上げると自分の膝の上に乗せる。そして私の腰を抱き、もう片方の手で私の頭を自分に寄り掛からせる。


「この方が楽でしょう。」


逞しい王弟殿下の大きな体。殿下に比べたら私などほんの子供のようだ。触れあっている部分が温かい。王弟殿下はずっと私の頭を撫でている。


「あの、先程、私に恋焦がれていた、と言っていたのは本当でしょうか。」


聞くと王弟殿下は言う。


「本当ですよ。年甲斐も無くあの青二才に醜い嫉妬までしていた。」


王弟殿下を見上げる。王弟殿下は優しく私を見下ろし、その手で私の頬を撫でる。


「だから今こうして貴方の頬を撫でているのが夢のようだ。」


王弟殿下の大きな手が私のうなじにまで回る。大きな手の親指で私の唇を撫でる。互いに口で息をする程に惹きつけられて王弟殿下はまた私に口付ける。



ヴァロア家までは小一時間。口付けた後は恥ずかしくて王弟殿下の胸板に頭を預けていた。不意に王弟殿下が笑う。不思議に思って王弟殿下を見上げる。王弟殿下は私の頭を撫でながら言う。


「私も卑怯な男だ。」


そう言う王弟殿下は切ない顔をしている。


「何故、そのようにお考えか、聞いても?」


聞くと王弟殿下は微笑んで言う。


「貴方は先程、あの青二才に婚約を破棄された。多少なりとも傷付いていたでしょうに。それを好機とみて私は貴方につけこんだ。傷付いている貴方に優しくして懐柔しようとしている。」


そう言われて笑う。


「そういえば、そうでしたわね。」


王弟殿下の胸板に寄り掛かり言う。


「殿下の告白で舞い上がってしまって忘れていました…」


王弟殿下の手が私の顔を上げさせる。


「舞い上がったのですか?」


そう聞く王弟殿下は切ない顔をしている。そんな王弟殿下の顔に私の胸は締め付けられる。


「はい、今も舞い上がっていて、胸が苦しいくらいです。」


王弟殿下は優しく微笑む。


「貴方はもうあの青二才の婚約者では無いのだから、私が婚約を申し込んでも何の問題も無い。」


頬が紅潮するのを感じる。


「私と婚約して頂けますか?」


あぁ、どうしよう。こんなにも素敵な方に婚約を申し込まれている…。胸が高鳴って苦しい。


「私で宜しいのですか?つい先程、婚約を破棄された、いわば傷モノですのよ?」


聞くと王弟殿下は微笑む。


「そんな事でこの私が怯むとでも?」


王弟殿下の手が私の頬を撫でる。


「喜んでお受け致します。こんな私で宜しければ。」


王弟殿下が私を抱き締める。


「夢のようだ。」


そう言って私の頭を撫でる。


「聞こえますか?私の心臓の音が。」


王弟殿下の胸板の下で殿下の心臓が大きく脈打っている。


「はい…」


早鐘のような力強い心臓の音が心地良い。これ程までに力強く脈打つのを感じた事など今まで一度も無い。大きな体、逞しい胸板、力強い腕、そして繊細な心。こんなにも素敵な方がこんなに近くに居たのに、私は今まで何を見ていたんだろう。いや、何も見ていなかった。見ないようにして来たのだ。家同士の政略結婚など当たり前過ぎて自分の気持ちなんて二の次だった。そうしなければいけなかった。こんなに熱烈にアプローチを仕掛けて来る者など今まで居なかった。もしかしたら王太子殿下もこんなふうに熱に浮かされていたのかもしれない。そう思うと王太子殿下の気持ちも少しは分かる気がした。それでもあの断罪のような婚約破棄はルール違反だ。ふと、気になって聞いてみる。


「殿下はすぐに私の後を追って出て来たのですか?」


殿下は優しく私の頭を撫でながら言う。


「そうです、貴方を見失う訳にはいかなくて。」


そしてクスっと笑う。


「きっと今頃は大変な騒ぎでしょう。でもその騒ぎも明日には別のものに変わっているでしょう。」


殿下を見上げると殿下は微笑んで言う。


「こんな事は前代未聞でしょうが、明朝、改めてヴァロア家に伺い、正式に婚約の手続きを進めたいと考えています。きっとヴァロア家ご当主もビックリなさるでしょう。きちんと私からお話を通します。なのでご安心を。」



家に着いて出迎えてくれたのは執事のハンスだ。


「失礼するよ」


そう言って王弟殿下は私を抱き上げて馬車を降りる。


「王弟殿下!」


ハンスは驚いて腰を抜かしそうになっている。


「ヴァロア嬢は足を挫いている。すぐにでも医者に診せるんだ。肘と膝にも怪我をしている。」


わらわらと使用人たちが出て来て、私と王弟殿下を見て驚いている。


「どちらへ運べば?」


王弟殿下が聞くとハンスが慌てて言う。


「こちらへ!」


王弟殿下はひとまず、一階の客室へ私を運び、ベッドに下ろしてくださる。


「王弟殿下!王弟殿下にご挨拶申し上げます。」


ヴァロア家当主の私の父が挨拶する。


「あぁ、挨拶などは良い。それよりもヴァロア嬢の手当てを。」


王弟殿下と私の父は連れ立って部屋を出て行く。きっと経緯を話しているのだろう。すぐに医者が呼ばれて手当てを受ける。一通りの手当てを受けると医者が言う。


「2,3日は足の痛みもあるでしょう。なるべく歩かないように。腫れがひたら少しずつ歩くようにしてください。」


医者が出て行くと侍女たちがわらわらと集まって来て私の世話をする。しばらくして部屋のドアがノックされ、入って来たのは満面の笑みの父と王弟殿下。どうやらお話がまとまったようだ。侍女たちを下がらせると王弟殿下は私の傍に来て片膝を付き言う。


「明朝、また伺う。その時まで片時も私の事を忘れませんように。」


そう言って私の手の甲に口付ける。立ち上がると父に目配せして言う。


「失礼する。」


マントを翻し、颯爽と出て行く殿下はとても格好良かった。父は殿下と共に出て行く。きっとお見送りに行ったのだろう。口付けられた手の甲が熱い。部屋に入って来た侍女たちが私の傍に来る。


「お嬢様、お熱でも?」


そう聞かれるくらいに私の頬は赤かったんだろう。


「いえ、違うわ。」


頬が紅潮しているのが分かる。抗えずあんなに熱く甘い口付けを二度も…思い出してまた恥ずかしくなる。


侍女たちを下がらせ、父と向き合う。


「話は殿下から聞かせて頂いた。王太子殿下にはヴァロアから正式に抗議する。」


そこでふわっと父が笑う。


「その後の話も殿下から聞いているよ、ジル。」


そう言われてどこまでお話が通されているのか、と思う。


「あのような立派な方がジルを見初めて下さっていたとは。正式には明朝にはなるが、王弟殿下と婚約をさせて頂くという事で話を進めて良いのだな?」


私は頷く。


「はい、お父様。」


父は微笑んで言う。


「今頃は婚約破棄の話で持ち切りだろうが、明日の午後には正式に、王弟殿下とジルの婚約を発表しようと殿下はお考えのようだよ。そうする事で皆は婚約破棄の事などすぐに忘れて王弟殿下とジルの婚約の話で持ち切りになるだろうからな。」


私は思っていた事を聞く。


「婚約を破棄された私と婚約する事で王弟殿下のお名前に傷が付かないでしょうか。」


すると父がそれを笑い飛ばす。


「傷など付くものか!我が家はヴァロアなのだぞ?そのヴァロアの愛娘を袖にして子爵位の小娘などと婚約した王太子殿下の名前に傷は付いても、麗しいヴァロアの令嬢を搔っ攫った逞しい王弟殿下には更なる良き評判が立つに決まっている。」


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