人には何かしらの取り柄があると言われている。
でも、そんなものが発覚するのは世の中にある全ての物事を試せる者だけで、人生という短い寿命の中では自分が何に秀でているかなんて分かりっこない。
対して、ひとつの物事を極めればそれが取り柄になるという者もいる。誰よりも努力すれば、努力しなかった者達よりはその分野において秀でた才能を得られるということだ。
これは、そのどちらも果たせなかった
「──えー、以上でホームルームを終わります。明日家庭科あるから裁縫箱持ってくんの忘れんなよー。それと田中、お前は居残りだ」
「えーっ! オレこれから部活あるんすよー!」
高校生活の放課後、担任の教師がそう言うと周りのクラスメイト達は続々と教室を出ていく。
そんな中、俺は依然としてスマホを手に持ったまま、一人寂しく自宅に帰る準備をしていた。
当然、部活には入っていない。陰キャらしい帰宅部だ。
そんな俺は教室を出る前に、スマホでやってる『将棋』の勝負が瀬戸際に入ってるのを感じて意識をそっちに集中させる。そして、相手の手を深くまで読んで指を交錯させた。
相手はアマチュア高段者、ネトゲで言うところのトップランカーというやつだ。
差し迫る残り時間、繰り返される王手ラッシュ。俺は相手の攻撃を全ていなしてギリギリの時間を保ち続ける。
そうして数十秒ほど経過した後に、相手は
「……っし!」
残り時間10秒という極限状態での早指しの決着は、俺の勝利で幕を閉じた。
あまりの嬉しさに思わず声に出してしまったが、ホームルームの終わった教室にはもう誰もいない。まぁ、いたところで俺ごとき底辺の醜態など気にも留めないだろうが。
俺は一介の将棋プレイヤー、どこにでもいるただのアマチュアの将棋指しだ。
将棋自体は小さいころからやっていて、昔は才能に満ち溢れた自分を過信してプロ棋士養成機関に受験したこともあった。
でも結果は惨敗。所詮自分はその程度の人間だったと突きつけられただけだった。
それから俺は現実での将棋をあまり指さなくなり、次第にネットの世界に籠るように。そもそも将棋を指す友達がいないし、知らない人と面と向かって将棋を指すのも段々と億劫になっていった。
気付けば俺はネットでしか将棋を指さなくなり、今ではこうしてスマホをタップするだけの人生だ。虚しいな……。
とはいえ、そんな俺の実力は自分で言うのもなんだが結構上の方だと思っている。少なくともネットでは中々いい方だと自負している。
スマホでの対局を終えた俺は、将棋系のアプリよく使っている自分のアカウント名の『
自分の名前である"
それで検索をかけると、そんな俺の名前は検索ページの一番上にスレとして立っていた。
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart8』
名無しの725
:お昼に対戦した!
名無しの726
:今日当たったわ、レート死んだ。
名無しの727
:瞬殺されたー!
名無しの728
:あの強さ絶対不正してるだろ
名無しの729
:>>728 でも運営がBANしてないってことはガチなんじゃね?
名無しの730
:昨日は高段者帯にずっといたよな
名無しの731
:今何連勝してんの?
名無しの732
:>>731 今調べたら87連勝だった
名無しの733
:>>732 は?w
名無しの734
:>>732 えぐwww
名無しの735
:>>732 87連勝wwwww
名無しの736
:>>732 これもう新手のモンスターだろ
なんとも皮肉かな、ネットではこうして俺のプレイを賛美する声が多い。現実で全く取り柄が無い分、ネットで居場所ができるという謎の等価交換。どうみても等価じゃないな……。
俺はそんな自分を賛美する掲示板のコメントたちを見ながら深いため息をついた。
最初の頃は満たされていた承認欲求も、いつしか自戒のために閲覧するようになり、今では何の感情も湧いてこない。
どれだけネットでイキリ散らかしても、現実ではただの影の薄い陰キャ……。
ガラガラと教室の扉を開け、俺はひとり校内の廊下を歩いていた。
そんな時だった。
──『初心者歓迎!"将棋"部員募集中!!』
その張り紙がたまたま目に留まった。