目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第百三十話 クラスでも影が薄かった陰キャ、一瞬でカースト逆転

 三原みはら良二りょうじの1日は、寝るところから始まる。


 誰よりも早く学校に着き、誰よりも早く教室の扉を開けた三原は、持っていたバッグを乱雑に放り投げると、そのまま机に顔を突っ伏して寝始める。


 1時間、2時間、3時間。授業が始まっても、昼食の時間になっても、体育の時間になっても、三原は起きない。


 不動と言わんばかりの爆睡。放課後になるまで延々と寝続ける。そんな三原の様子に、周りからはなんのために学校に来ているのか分からないといった視線が向けられていた。


 そして、今日も今日とて一番手に学校に着いた三原は、いつものようにそのまま机に突っ伏して寝始めた。


 寝息ひとつ立てない静寂の殻籠からごもりに、三原の存在は周りの空気へと溶け込んでいく。


 それは、次に入ってきた生徒が自分が一番早いのだと勘違いを起こすほどである。


 そうして1時間も寝ていれば校内に響く足音が段々と増えていき、それに比例して生徒たちが次々と教室に入ってくる。


 当然のように机の上で寝ている三原を、周りの生徒はいつもの光景だと気にする様子もなく、様々な話題を展開し始めた。


 しかし、三原は眠っているように見えて、意識は常に覚醒している状態だった。


 何やら女子たちが気まずそうに話しているのを、三原は眠ったふりをしながら聞き耳を立てる。


「──ねぇ、昨日のさ……」

「うん、やばいよね……」

「今日学校に来るかな……?」


 女子たちが話していた内容は、先日行われていた将棋の大会の話だった。


 いいや、厳密には違う。


 女子たちが話していたのは──渡辺真才についてだった。


 普段将棋になんて全く興味を示さない女子たちが、こぞって将棋の話を織り交ぜている。


 中にはアプリで将棋戦争をダウンロードする者達もチラホラと出てきており、事情を知っている2年生の間では空前の将棋ブームが到来していた。


 しかも、その話題の中心にいるのはあの影の薄い陰キャだったはずの渡辺真才である。


 一体なぜ、そんな事態になっていたのか。


 それは、先日のグループチャットでの出来事だった。



『集え!!西ヶ崎女子グルチャ(36)』


 >渡辺、自滅帝だったらしいよw


 >なにそれ?笑


 >厨二病?w


 >てか渡辺って誰だっけ笑笑


 >ねえw渡辺が県大会優勝したってSNSでバズってるんだけどww


 >え……?


 >ほんとだ、てかこれヤバくない?


 >なになに、どういうこと?


 >ウチの学校名トレンド載ってんのなに!?


 >"西ヶ崎高校"っていうチーム名でトレンド載ってるっぽいよ


 >ほんとだwwトレンド載ってるwww


 >#ライ帝聖戦ってなに?


 >うっそ、渡辺めっちゃバズってんだけど!笑


 >トレンド入ってるのは『渡辺真才』『自滅帝』『ライ帝聖戦』『不正』『西ヶ崎高校』『リアル高校生』『黄龍戦』かな


 >色々ヤバくない?笑


 >これガチ?笑


 >どゆこと?w県大会優勝しただけでトレンド入らなくね?w


 >渡辺が自滅帝っていう超有名人らしいよ!


 >自滅帝ってなに???


 >ネット将棋のランカー?なんだって


 >日本で一番将棋が強いらしい


 >え?


 >そんなの初めて聞いた!笑


 >まぢ?w


 >え?渡辺日本で一番将棋強いの?


 >テレビに出てるプロにも勝ってるっぽいよ笑


 >今渡辺の本名で検索したらめっちゃヒットするんだけど!笑


 >渡辺って渡辺真才?あのクラスでいつも端っこにいるやつ?w


 >顔も覚えてないんだけどw


 >ヤバいじゃん!笑


 >アイツそんな将棋強かったの?w


 >東城さんにも勝てるくらい強いらしいよ


 >うそ!?


 >東城さんって学校で一番将棋強くなかった?


 >じゃあ大将に選ばれた話本当だったんだ……


 >やばぁw


 >ウチ渡辺のこと誤解してたかもしんないw


 >アイツ陰キャじゃなかったんだ……w


 >めっちゃすごい奴じゃん


 >今度話しかけてみようかな


 >今めっちゃ冷静に考えたんだけど、日本一がウチの学校にいるってフツーにヤバくない?


 >ね、ヤバいよねw


 >なんでもっとはやく気付かなかったんだろ?w


 >てかさ、二階堂さんこの前渡辺のこと馬鹿にしてなかった?


 >不正がうんぬんだっけ?


 >そうそう


 >そういえばトレンド漁ってたら、渡辺が不正していないって記事が出てたよ


 >ほらやっぱり!


 >じゃああの時はまだ疑惑の状態だったってこと?


 >それなのに二階堂さん渡辺くんのことバカにしてたんだ


 >ありえないよねー


 >今二階堂さん見てる?


 >美波なら日曜はピアノの練習でいないよ


 >じゃあグループから弾いちゃう?笑


 >弾いちゃお


 >さんせー



 ──そんなやりとりが行われていたことを、三原は知り合いの女子からの言伝で知っていた。


「ねぇ、渡辺くんって今日は休みなのかな?」

「昨日大会が終わった時に倒れちゃったらしいよ」

「えっ、それ大丈夫だったの……?」

「一応無事だったみたいだけど、学校は来れないんじゃないかな……」

「心配だよね……」


 人とはなんと恐ろしい生き物なのだろう。


 それまで陰キャだと底辺扱いされていたはずの同級生が、その正体を明かした瞬間にこの手のひら返しである。


 学校で一番底辺だと思っていたその男は、本当は日本で一番ネット将棋が強い男だった。


 しかもその実力を大会という公の場で証明している。


 それまで不正者として悪目立ちしていたこともあり、真才への注目とその広がり方は尋常じゃないスピードで展開されていた。


 教室の空気感が一変している。


 いつもと同じ一日が始まっているように見えて、クラス内では渡辺真才の話題で持ちきりだった。


 そして話題だけではなく、彼女達の視線が真才の席へと注がれており、そんな微々たる変化を三原だけが感じ取る。


 そう、全てがカーストで決められていたはずの教室内で、上位と下位が入れ替わるというあり得ない事態が起こったのだ。



 この日を境に、それまで底辺だった真才のカーストが逆転し始めた。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?