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第百二十八話 暗雲

 黄龍戦の県大会が終わってから3日後の祝日。


 あの過酷な一戦を交えた私と真才先輩は、連日で学校を休んでいた。


 というのも、酷い頭痛と眩暈に襲われ、体調不良でまともに登校できなかったからだ。


 特に真才先輩の方は相当なもので、あの対局が終わった直後、表彰式へと向かう途中の階段で倒れてしまった。


 幸いなことに身体に異常はないとのことで、倒れたのは疲労と過度なストレスが原因だという。


 そのせいで真才先輩は表彰式に出られず、私も途中から吐き気が止まらなかったことで同じく表彰式を辞退してしまった。


 それに伴った授与と写真撮影は残りのメンバーで行うこととなり、今日掲載された新聞には私と真才先輩を除いた5人の顔だけが載っている。


 あれだけの戦いを繰り広げたのですから当然と言えば当然なんですが、記念写真に顔くらいは映りたかったです……。


「はぁ……」


 ともあれ、先日は色々と大変な一日だった。


 でも、勝ち取ったものは大きい。


 普段出ない街中にポツンと佇んだ私は、目線だけをキョロキョロさせながら慣れない緊張をなんとか飲み込む。


 周りを見渡すも、まだ"本人"は来ていない。


 そう、今日は祝日。約束していた真才先輩との"デート"の日。


 今後の休日は部活で色々と予定が詰まっているらしく、デートなんて自由時間を取れるのは今日しかなかった。


 体調の回復も兼ねてね、と。真才先輩の様子を見るようにと言ってきた東城先輩の目には、少しばかりの嫉妬が混じっていたような気がする。


 それでも、東城先輩は私の抜け駆けに異を唱えることはなかった。


『いい? 関係が悪化するような事態だけにはならないようにしなさいよ? 全国大会が控えてるんだから!』


 それはどちらかというと、私が玉砕する方面に対して心配しているように見えた。


 東城先輩が自信過剰なのは相変わらずだ。


「うぅ……さむ……」


 彩を包んでやってくる風が、頬の熱を少し落とす。


 そんなこんなで考えている内に、予定の時間が迫ってきた。


 今日着ていく服装は大分迷ったけれど、いつも通りのカジュアルな格好で軽くモッズコートを羽織っただけの服装を選んだ。


 本当はもっとオシャレをした方がいいんだろうけど、外見を取り繕っても真才先輩には響かない気がして諦めた。


 ──そもそも、真才先輩は女性に興味があるのだろうか。


 たまに学校で見かける真才先輩はいつも一人だ。部活ではあれだけ仲がいい東城先輩にすら、自分から絡んでいくことがない。


 不信や恐怖に近い目を、同級生の女子に対して向けていた気がする。


「……逆張り、だったかな」


 急な不安が押し寄せてくる。


 それでも、両手をこすり合わせることでその不安をかき消した。


「おまたせ」

「ひゃっ!?」


 突然背後から話しかけられて変な声が出てしまった。


「えーと……ごめん?」

「え、あっ、お、おはようございます! 真才先輩!」

「おはよう、体調はもう大丈夫?」


 自分のことより私の心配をしてくる真才先輩に、私は思わず苦笑いを浮かべる


「私は大丈夫ですけど……真才先輩の方こそ大丈夫なんですか? 階段で倒れた時はびっくりしましたよ」


 あの時は部長がとっさに支えてくれたおかげで無事だったけど、もしあのまま地面に倒れて階段を転げ落ちていたらと考えると、私の不安は拭えない。


 でも、数日ぶりにあった真才先輩は思ったより元気そうだった。


「あー……ちょっと無茶しちゃったからね。心配かけたことは後でみんなに謝るよ」

「体調の方はもう問題ないんですか?」

「昨日までは頭痛が酷かったけど、一晩寝たら治ったから大丈夫」

「……さては真才先輩、休んでるときも脳内で将棋指してましたね?」

「あはは……バレた?」

「もう、頑張るのもいいですけど、少しは自分の身体を大切にしてくださいよ?」

「肝に銘じておくよ」


 真才先輩は少しバツが悪そうに笑った。


「じゃあ、いきましょうか」

「うん」

「ところで真才先輩、デートプランはできてますか?」

「え?」

「え?」


 目が泳いだのがハッキリと分かった。


「あー……もちろん。えーと、買い物してー……ゲーセンとか寄ってー……ご飯食べる?」

「真才先輩って将棋以外はポンコツなんですね」

「はい、ポンコツです……」


 ちょっとだけ意地悪なことをしてしまった。


 そもそも真才先輩にデートの予定を告げたのは昨日だ。


 つい先日倒れたばかりで、今はまだ病み上がりなのだから、デートプランなんて考える暇もないはず。


 だから、私が考えてある。


 ただ、自分からデートプランを告げるのが恥ずかしくて、少し意地悪をしてしまった。


「しょうがないですね。じゃあ私が先導してあげます」

「よろしくお願いします」


 こうして私達の、ちょっとだけ不器用なデートが始まったのだった。


 ※


 時刻は午後5時30分、夕暮れの日差しが部室に降り注ぐ時間帯。


 そんな日差しを浴びるように窓際を背に立った男の顔は、逆光となってよく見えない。


「……は?」


 西ヶ崎高校将棋部の歴史はまだ浅い。囲碁部と合併していた時期を含めても10年に満たない。


 そんな将棋部が現在まで存続出来ていたのは、ひとえに後ろ盾の"支援"があってこそだった。


 だから、忘れていた──。


 いつだって、自分達は吊るされる立場にいたことを。


「……ちょっと、今、なんて……?」


 将棋部の部室にいた東城たちは、その場で呆然と立ち尽くしていた。


「聞こえなかったか? では、もう一度言おう」


 県大会を優勝し、西ヶ崎の名が多くの地区へと広まり、団体戦で初の全国進出という学校にとっても非常に良い結果を残した。


 非難される謂れも無ければ、貶められる理由もない。むしろ、西ヶ崎高校に対しては多大な恩を売ったようなものである。


 ……それが、間違いであった。


「──西ヶ崎高校将棋部は、今月限りで"廃部"とする」






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