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第百十三話 そして地上へと這い上がり

 少女の通う道場で1日目の特訓を終えた佐久間兄弟。ヘロヘロになりながらもなんとか継続の意思を見せる二人に、少女は無事2日目以降の特訓を確約した。


 そして迎えた特訓2日目──。


「受け取れ」


 少女は昨日と同じく端末をひとつずつ佐久間兄弟に渡す。


「うわー出たよ」

「どうせまた3手詰の詰将棋を100問解けばいいんだろ?」


 面倒くさそうにしながらも、既に乗り越えた壁ということでやる気を見せる佐久間兄弟。


 彼らは仮にも研修会に所属していた過去がある。この程度の日課は研修会時代も軽々とこなしていたため、そこまで苦ではない。


 そんな二人に少女は告げる。


「何言ってる? 今日は5手詰だぞ?」

「はっ……?」

「何……!?」


 突然詰将棋の難易度を増やされ、困惑する佐久間兄弟。


 3手詰から5手詰へとたった2手増えただけだが、先読みが2手増えるということは倍以上の分岐と難易度になることを示している。


 昨日は30分ほどで終わらせていた佐久間兄弟だったが、今日は1時間以上かかってようやくクリアするという結果に終わった。


「はぁ、さすがに疲れた……」

「首がいてぇ……」


 1時間以上の集中でかなりの体力を消費した二人は、畳の上に寝転がって唸り声を上げる。


 しかし、少女はそれを見過ごさない。


「起きろ、そして座れ」


 佐久間兄弟は心底嫌そうな顔をしながらも、強くなるためだと自分を鼓舞して起き上がり、正座する。


 その間に将棋盤を4つ持ってきた少女は、それぞれ2つずつ佐久間兄弟の前に置き、自身はその真ん中に座る。


「また正座しながらの駒落ち対局か?」

「きついんだよなぁこれ……でもなんで盤が1人で2つもあるんだ?」


 昨日の苦行を思い出しながら、なぜか自分達の前に置かれた2つの将棋盤に目を向ける。


「今日は昨日と同じ条件に加えてもうひとつ、多面指しを行う」

「多面指し……? まさか俺達がか!?」

「そうだ」

「そうだっちゃねぇだろ!」


 隼人が驚きのあまり方言のような謎の言葉を漏らす。


「た、多面指しって普通指導する側がやるものだろ?」

「やるぞ? お前達はそこに置かれた2つの将棋盤を使って2面指し、わたしはそんなお前達を相手に4面指しで迎え撃つ」

上手うわて下手したても多面指しするとか聞いたことねぇよ……」


 そう話している内にも正座がきつくなってくるのを感じた魁人は、余計な問答などするだけ無駄だと悟って勝負の開始を急かす。


「くっそ……正座がきつい。もういい、やるなら早くやろうぜ」

「そうだっちゃねぇだろってなんだ……何言ってんだ俺……」

「では始めよう」


 こうして、難易度が飛躍的に上がった2日目をこなすことになった佐久間兄弟。


 それでもさすがは元研修会員。一見無茶だと思える難易度にもギリギリのところでついていき、2日目も無事に特訓を終えることができたのだった。


 しかし、これが地獄の始まりに過ぎないことを二人は知らない。


 ──迎えた翌日、3日目の特訓。


「受け取れ」


 今日も今日とて端末を渡してくる少女。


 3日目ともなれば段々と操作のコツも掴んできており、二人は慣れた手つきで素早いタップができるようになっていた。


「はいはい、今日も5手詰の詰将棋を解けばいいんだろ?」

「何言ってる? 今日は7手だぞ?」

「え?」

「は? ……7手詰!?」

「そうだ」


 自然な流れでそう答える少女に、佐久間兄弟は段々と顔を青ざめていく。


「お、おいまて、これ日を追うごとにどんどん増えていくんじゃないだろうな……?」

「当然だ。お前達は限界を超えるんだろう? ならより上を目指して難しくしていくのが道理。県大会前日までこれを続けるつもりだ」

「ま、まてまて、県大会前日までって……」


 佐久間兄弟は顔を見合わせて頬をヒクつかせる。


「県大会まではまだ20日ほどある。最後の方は40手超えの詰将棋になるだろうな」

「40手超え!?」

「解けるかよ!!」

「何言ってる? 死んでも解くんだよ。拒否権はない」

「コイツ言ってることめちゃくちゃすぎるだろ……」


 少女の無茶ぶりに先行きが不安になる佐久間兄弟。


 それでも彼らは自分達の成長を怠らない。目前に立ちふさがる壁を前に、ただじっとしていることを認めない。


 短期間での成長には限度がある。将棋であればそれがより顕著に感じる。


 しかし、プライドの高い佐久間兄弟に途中で退くなんて選択肢はなかった。やり始めたら最後までやり切る覚悟を持っていた。


 3日目を終え、4日目を終え、5日目を終え、日々辛くなっていく特訓にそれでもと追いすがる。


 10日目を過ぎると、思考が麻痺してどんな過酷な内容でも平然と受け入れ始めていた。


 だが、少女はそれすら許さない。


(よっし……! あと少しで勝てる……!)

(今日こそこの偉そうなガキんちょをぶっ倒してやる……!)


 2枚落ち、飛車と角を落としてのハンデ戦で何とか少女を追い詰める佐久間兄弟。


 しかし、あと一歩というところで、少女は対局時計を止める。


 そして、将棋盤をぐるりと180度回転──。


「は……?」

「お、おい何して──」


 駒台も交換し、さきほどまで倒そうとしていた少女の玉形が自分達の前に訪れる。


 まさか、と二人が尋ねる前に少女は告げた。


「あと一歩で倒せそうだったのに惜しいな? 今度はお前達がわたしのこの瀕死の状態の盤面から指せ、逆にわたしはお前達の優勢の盤面から指す」

「「はぁ!?」」


 これには冷静さを保ちつつあった佐久間兄弟もブチギレである。


「ふっざけやがって……!」

「くっそ、そりゃねぇだろ……!」

「はい深呼吸」

「すー……はぁ」

「すー……ふぅ」

「よし、やれ」


 もはやここまで来ると、いちいち少女の理不尽さに突っかかることなど無駄に思えてくる。


 そんな不条理極まりない特訓を常に限界ギリギリの精神状態で行い、日を追うごとに過酷になっていく特訓内容を無我夢中で挑み続ける。


 入部したての頃に真才がやっていた4面指し。自分達が逆に駒を落として戦うハンデ戦。たった数時間で本1冊分の定跡を暗記するなど、明らかに無茶とも思える特訓を常にこなし続けていた。


 そうして20日目を迎えるころには、正座をすることなど一切の苦痛にも感じなくなり、また長手数の詰将棋も感覚的に解けるようになっていた。


 その間に数えきれないほどの戦法を熟知し、定跡を覚え、手筋も身につけた。


 地獄のような特訓の日々に、県大会があることなどすっかり忘れていた佐久間兄弟。


 それでも二人は、最初会ったころとは別人と思えるほどに凛々しい面構えになっていた。


「もう当日とは早いものだな。まだまだ教えたりない所はあるが、まぁいいだろう」

「まだあったのかよ……」

「もういい、これ以上は命が危ない……」


 しっかりと休みを取ったにもかかわらず、既に疲弊状態の佐久間兄弟に少女は笑う。


 そして、そんな二人に少女は満足したような表情を浮かべながら背中を押した。


「ここまでよく頑張ったな、後はその実力を振るうだけだ。──行ってこい」

「ああ、全部ぶっ倒してくる」

「なんだかんだアンタには感謝してるよ。例の件も色々と手伝ってくれて助かった、ありがとうな」


 こうして別格の棋力を手に入れた佐久間兄弟は、自分達がそこまで成長しているとは知らないまま県大会へと向かっていくのだった。





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