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第四十九話 前人未到の100連勝へ

 将棋部の活動は常に自主性に満ちている。


 現状の部員が7人しかいないということもあり、部員同士で対局を始めると互いの指し手に慣れてしまって成長のスピードが遅くなる。


 そのため部員同士の対局は週に一度などある程度間隔を開けて行うものとし、それ以外は新手の研究やAI解析などをすることで個人の質を高めることを目標としている。


 今日も将棋部の部室は静かだ。マウスのクリック音と駒の音以外は静寂に満ちている。


 しかし、今この部室には俺と女性陣の合わせて4人しかいない。佐久間兄弟は遅れてくるらしく、武林先輩は今日は休みだ。


 そんないつもより物寂しい部室の中で、俺は手に汗を握りながらスマホの画面を見つめていた。


 ──起動しているアプリは将棋戦争。ついさきほど99連勝を達成し、目標の100連勝をかけた戦いが始まろうとしていたからである。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart28』


 名無しの611

 :大台きた


 名無しの612

 :きたな


 名無しの613

 :いよいよか


 名無しの614

 :ここで勝てば100連勝


 名無しの615

 :やばい緊張してきた


 名無しの616

 :お前ら平日のこんな時間によく書きこんでるなw


 名無しの617

 :自滅帝100連勝目前と聞いて


 名無しの618

 :今北、もう始まってる?


 名無しの619

 :>>618 今マッチング中


 名無しの620

 :ヤバい、こっちまで緊張してきた


 名無しの621

 :きた


 名無しの622

 :当たった!


 名無しの623

 :始まった


 名無しの624

 :きたーーー!!


 名無しの625

 :相 手 八 段 


 名無しの626

 :あっw


 名無しの627

 :スナイプされたあああああああああ


 名無しの628

 :うわああああああああああああああ


 名無しの629

 :コイツ2位の『自滅狩り』じゃね!?ww


 名無しの630

 :最後の最後でトップ同士かよwww


 名無しの631

 :自滅狩りきたああああああああああwww


 名無しの632

 :スナイプされてるやんけ!!


 名無しの633

 :ぎゃああああああああああああああああ


 名無しの634

 :自滅狩りと当たってるーーー!!ww


 名無しの635

 :狩るか、狩られるか!!


 名無しの636

 :自 滅 帝 vs 自 滅 狩 り


 名無しの637

 :世紀の一戦じゃんこんなのwww



 俺とマッチしたのは将棋戦争トップランカーの一人、『自滅狩り』である。


 将棋戦争の棋力は八段で、レートは俺に次いで2位の強豪。しかも俺が唯一二桁以上負けている相手だ。


 これまでの戦績は41対19。俺はこの明らかに自滅帝を狙ってそうな相手に19回も負けている。


 天竜のような圧倒的な棋力があるわけじゃない。東城のような安定した指し回しをしてくるわけでもない。


 ただ指しにくい。こいつは俺が一番嫌がる手を指してくる。ハッキリ言ってストーカーなんじゃないかと思うくらい俺の手を熟知している。


 まぁそれはおいといて、俺はこの自滅狩りが苦手だ。性格が悪いとかそういうのではない、戦いたくないという意味での苦手だ。


 こいつは俺を倒すためだけに将棋を勉強している。いわば俺を倒せればそれでいいと思っている思考の元に研究をしている。これまでの戦いで俺はそれをひしひしと感じていた。名前も自滅狩りだし……。


 俺が前に言った通り、一人の相手を倒すために研究をすればある程度棋力差があっても勝つことが可能になる。だがそれは同時に、他の者達には勝てなくなることを意味する。


 俺が天竜対策だけを勉強すれば、天竜には勝てるようになる。しかし、その他大勢には勝てなくなる。それと同じだ。


 だがこいつは自滅帝を倒すためだけに研究している。自滅帝を屠る為だけの武器を携えている。


 100連勝の大台がかかったこの場で、俺が一番負けそうな相手とのマッチングか。


「……面白い」


 俺はそう呟いて戦いを始めた。



 名無しの638

 :始まったな


 名無しの639

 :二人ともはええええww


 名無しの640

 :トップランカー同士の戦いを見にきた


 名無しの642

 :指し手はっや


 名無しの643

 :はええええww


 名無しの644

 :当たり前のように0秒指しするな


 名無しの645

 :どんなゆびしとんねん


 名無しの646

 :AIみたいな早指しで草


 名無しの647

 :自滅帝が居飛車、自滅狩りも居飛車か



 互いの指し手を理解しているかのように俺と自滅狩りの読みは一致する。


 俺はこの試合を迎えるまでの数戦、その全てを『自滅流』で勝ち続けてきた。それは自滅狩りも見ているだろう。


 だったら、あえて『自滅流』は指さない。どうせ対策してきたんだろうからな。対策されると分かっている戦術をわざわざ披露してやる義理はない。どこまでも期待を裏切って相手を翻弄し、最後の最後に勝てばいい。


 ──それが自滅帝の戦い方だ。



 名無しの648

 :自滅帝が普通に指してるのなんか新鮮


 名無しの649

 :もしかして緊張してる?


 名無しの650

 :100連勝かかってるしな


 名無しの651

 :因みにこれに勝つとレートも3000越えるっぽい


 名無しの652

 :レート3000!?w


 名無しの653

 :レート3000とか聞いたことないわw


 名無しの654

 :今自滅帝のレート2998だった


 名無しの655

 :>>654 バケモンで草


 名無しの656

 :TOP1とTOP2の戦いか


 名無しの657

 :角換わりになりそう?


 名無しの658

 :雁木だろ


 名無しの659

 :先後同型だぞ


 名無しの660

 :これはまさか……


 名無しの661

 :お?


 名無しの662

 :!?


 名無しの663

 :横歩?


 名無しの664

 :横歩取り!


 名無しの665

 :横歩取りきた!!


 名無しの666

 :自滅狩りの横歩取りだああああああ!w



 自滅狩りは速攻を仕掛けるように飛車先を突いて歩交換をし、俺を誘うように横の歩を掠めとる。


 戦型は『横歩取よこふどり』だ。


 横歩取りは急戦の代表とも呼ばれる戦法。序盤から大駒交換が行われやすく、小駒同士のぶつかり合いも激しい。浮き駒と言われる隙のある駒が散乱し、下手に駒組を行うと一瞬でやられてしまう。


 つまり、俺にはたった一度のミスすら許されない。


 やるな、自滅狩り。俺がどれだけ完璧に指したとしても、相手の土俵だったら何らかのミスを生む可能性はあるだろう。この戦いで横歩取りを選んだのは"正解"だ。


 だが、それもまた──"不正解"だ。



 名無しの667

 :お?


 名無しの668

 :えっ


 名無しの669

 :もしかして自滅帝も取る?


 名無しの670

 :!?


 名無しの671

 :とった!?


 名無しの672

 :とったああああああ!


 名無しの673

 :自滅帝も横歩取った!


 名無しの674

 :取ったああああwww


 名無しの675

 :相横歩取り!!


 名無しの676

 :相横歩取りきたああああああww


 名無しの677

 :超乱戦じゃねぇかwww



 俺は勝負事において一つだけ守っていることがある。それは──絶対に相手の土俵には上がらない事だ。


 舞台は俺が用意する。安易に自分の領域で戦えると思うな。



 名無しの678

 :100連勝かかってるから硬派な戦いになるのかと思ったらバチバチの乱戦www


 名無しの679

 :自滅帝らしくてすきwww


 名無しの680

 :自滅帝の口角上がってそう


 名無しの681

 :戦闘狂みたいな顔してそう


 名無しの682

 :うおおおおおおおおおお!!


 名無しの683

 :お前ら盛り上がりすぎwww



 横歩を取られた俺が横歩を取り返すと、それまでノータイムで指していた自滅狩りの手が止まる。


 急戦からの乱戦、ノーガードの殴り合いで行われる『相横歩取り』だ。


 俺は実戦で相横歩取りを指したことはない。完全な研究勝負となるこの戦法で俺の特性は活かせないと思ったからだ。


 だが、今の俺なら『自滅流』との組み合わせで構想勝負に持っていける。本番はここからだ。


「──ええええっ!?」


 突然、来崎が悲鳴を上げて立ち上がる。


 しかし、自滅狩りとの対局に集中していた俺は、その悲鳴すら聞こえてなかった。


「ライカっち、急に大声上げてどうしたんすか?」

「あっ、いっいえ! なんでもないです!」


 来崎は目を泳がせながら俺の方をチラチラと一瞥して、そのまま何も言えずに座ってスマホをガン見し始めた。


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