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第四十七話 自滅帝に落ちるヒロイン達

 葵との決着から翌日、俺は普段通り学校に足を運んでいた。


 ちょうど今朝に鈴木会長からメールがあって、葵との契約は無事良好な状態に持っていけてるとのことだった。


 県の会長なんて大物といつの間に連絡先を交換したんだよという話だが、実は先日の黄龍戦の後に、俺は鈴木会長に直接挨拶に行っていた。


 というのも、用件は来崎の件についてだ。一応あの時は見逃してくれたものの、対局中の不用意な離脱でトイレに行くでもなく外へと飛び出し、少ない時間ではあったが部外者の俺と会話をした。


 本来であれば罰せられても文句は言えない立場だったが、鈴木会長はそんな俺達を見逃してくれた。俺はそのことについて改めてお礼を言おうと挨拶に行ったのだ。


 実は内心陰キャ魂が炸裂して帰りたいという感情が10割を占めていたのだが、この時の俺は大会で戦い抜いてきた興奮もあってか脳内のアドレナリンがドバドバ出ていて、アクティブな行動も積極的に行えるようになっていた。


 そしてその後、俺は鈴木会長と面と向かって何分か喋った。


 鈴木会長は優勝したお礼にという名目の元、優秀な人材を確保したいという欲があったらしく、俺を鈴木会長が開く道場の師範になってほしいと勧誘された。


 もちろん最初は断ろうと思っていたのだが、ふと葵のことが思い浮かんで代案を提示することに決めた。


 実は葵が貧乏だというのは大会以前に東城から聞いていたのだ。


 東城の話では、葵は結構追い詰められている状況らしく、今にも爆発しそうな危うい傾向がここ数日続いていたらしい。


 葵はいつもあんなテンションでふざけてはいるが、内心から放たれる殺意のようなものは東城自身も自然と感じ取っていたらしく、その矛先がいつか自分に向けられるであろうことも察していたようだ。


 こういった問題は根元を解決しないと意味がない。上から押しつぶすように圧制したり、下手な慰めをしたりなんてことで解決する問題ではない。


 そもそも本人はどうしようもないからそういった行動に走るのであって、それ自体を咎めたところでその人の人生が変わるわけではないのだ。


 だからと言って、俺が葵を救う義理なんて欠片もない。まだ出会ってそれほど日が経っているわけでもないし、東城や来崎のように俺と交友関係を持とうとする素振りも無かった。


 だが、義理はなくとも理由はある。


 俺は人を救うほどの聖人じゃないが、仲間を失うほど愚者でもない。これから県大会を一緒に戦おうって時に主力の一員となる者が暴れでもしたら大問題だ。俺の夢が叶わなくなる。


 だから、布石を打つならここしかないと思った。


 俺は無茶を承知で葵の事情と自分の見解を正直に話すと、鈴木会長は俺の代案を快諾してくれた。


 後は葵次第と言ったところでその日のやり取りは終わり、俺は鈴木会長に今後とも良い付き合いを所望したいと告げられ連絡先を交換することになった。


 まさか翌日に葵が仕掛けてくるとは思っていなかったが、その対象が東城ではなく俺だったのは幸運だっただろう。もし東城に仕掛けていたら容赦なく潰されていたに違いない。


 まぁ、つまるところあの時点で俺のやるべきことは既に全部終わらせていたということだ。


 あの時の俺が出来たことと言えば、せいぜい葵の深層心理を確かめてその本心を知ることくらいだった。


 俺はエスパーじゃないから他人の心を読むことはできない。だが、面と向かって将棋を指すことでその人間がどういう心情を持っているかくらいは理解できる。


 さすがに相手の目を見て判断する天竜レベルではないものの、その下位互換くらいの技術は持っているつもりだ。


 長年ネット将棋をやっていれば、例え相手の顔が見えなくとも何を考えているか分かるようになる。この技術はその延長線上にあるものだ。


 とにもかくにも、葵の問題は解決に向かっているようで安心した。


 葵はあの後、東城に直接謝りに行ったらしく、貸しを一つ作ったことで無事許してもらえたそうだ。


 残る問題は……いや、今は考える必要がないな。


「お、おつかれさまでーす」


 俺は今日も今日とて陰キャ丸出しの挨拶をかましながら部室の扉を開ける。


 先日の大会を経て人間的にも大分成長したように思えるが、自滅帝の思考がなければ所詮こんなものだ。


「あっ……」


 俺が部室に入ると、先に座っていた葵が少し顔を赤らめて俺の方を一瞥した。


「み、ミカドっち、お疲れさまっすー! 今日もいい天気っすねー!」


 葵はテンパりながらもなんとか言葉を紡ごうとして、いつものテンションで俺に近寄ってくる。しかもよりによって天気デッキを使ってくる始末。


 昨日の今日で気まずいのは分かるが、天気デッキは危なすぎるからやめるんだ。


「あ、真才先輩お疲れさまです」


 すると後方から来崎が扉を開けて入ってきた。


 俺は来崎に軽い会釈をして、葵の方に向き直る。


「ていうか葵、喋り方がまた元に戻ってるけど、あの喋り方はやめたのか?」

「ふぇっ……!?」

「あの喋り方?」


 俺の言葉に葵は顔を紅潮させた。来崎は何のことか分からない様子で疑問符を浮かべている。


「あーそっか、来崎は知らないんだったよね。実は葵、語尾に『っす』とか付けずに普通に話──」

「いやー! ミカドっちは今日も面白いことを言うっすねー!! 一体なんのことを言ってるのかアオイ全く分からないっすよー! にゃははは~!」


 葵は全力で俺の口を押えてきた。


「あーっ!!」

「なっ、なんすか……!?」


 突然来崎が口を大きく開けると、葵を指さして指摘した。


「葵が真才先輩の口に触れてるー! ずるーい! 私もまだしたことないのにー!」

「な、なにいって──」

「はっ! これはまさか、葵も真才先輩を狙って……!?」

「ち、ちがっ!? これはそういう意味じゃなくて! てか私は全然そういう不純な意図とか持ってるわけじゃなくて!」

「葵、一人称も語尾も忘れてるぞ」

「~~~っ!! ミカドっちのいじわる~……!」

「一人称とか語尾とか何の話ですか! というかなんで二人はそんな距離近いんですか! 昨日の間に何があったんですかぁー!」

「あーーっ、もぉーーーーっ!」


 俺が葵をいじることでツッコミ不在の混沌としたやり取りになってしまい、葵は頭を抱えながら叫んでいた。


 しかし事態は収拾へ向かうことはなく──。


「あら、随分と楽しそうね?」


 部室の扉を開けてこちらの様子を確認する東城の姿が、そこにはあった。


「おいおいおい、修羅場だこれ」

「……真才先輩、絶対楽しんでますよね」


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