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第百四十五話 自滅帝は権力のカードを切るようです・前編

 どこかで誰かが得をしていようと、どこかで誰かが損をしていようと、俺にはどうだっていい話だ。


 誰かが何かを理由に戦っていても、誰かが何かを理由に人を貶めていても、俺の歩むべき道に変わりはない。


 俺は将棋を指している。将棋で決着を付ける道を進んでいる。


 将棋という盤上を軸に繰り広げられる正当な読み合い、相手と創り上げるひとつの芸術、俺はそういう道へと進んでいる。


 ──そんな俺がなぜ、将棋を指すことを禁じられなければならないのか。


 賢人との約束すら果たせなくなった今、将棋を指すことが夢の続きを追う一歩となっている。


 そんな俺は、俺達は、全国への切符を手にした俺達西ヶ崎高校は、廃部の危機に瀕している。


 一体何をしたというのか。


 何もしていない。ただ勝ち続けただけだ。


 正当な場所で、正当な勝負で、正当な方法で。真っ当に勝っただけだ。


 それを都合よく思わない者による制裁とは、世の中の理不尽を体現しているのだろうか?


 ──全くもって理解しがたい、不愉快な攻撃である。


 俺達を止めたければ、大会で倒せばいい。将棋で勝てばいい。


 それをせずに盤上の外からやれ不正者だと、やれ廃部だと──。


 いい加減うんざりだ。


 出る杭は打たれる。……そうやって、活躍は然るべき人物にしか許されていないというのなら。


 ──俺は今回、火の粉を払うだけで終わらせるつもりはない。


 ※


 学校で宗像銀司と対面する数日前、俺はある人間と対面していた。


 それは、意外な相手だ──。


「な、なんだよ……俺に用事って……」


 戦々恐々としながら俺の前に姿を現したその男は『遊馬あすま環多流わたる』。先日の県大会で東地区のエースを張っていた男で、俺を不正者扱いしてネット上に拡散していた張本人、黒幕である。


 そんな環多流は俺の顔を見るなり何かされるのではないかとビクビクし、目線を合わせようともしない。


 大会の時にあれだけ高圧的だった態度は見る影もなく、体格差でも俺の方が負けている部類なのに、その眼は猛獣でも見るかのように恐れた色をしていた。


 将棋で勝つとは、知を見せつけることとは、それほど相手を慄かせる理由になるのだろうか。俺には分からない。


「別に取って食おうって話じゃない。ただ聞きたいことがあったから呼んだだけだ」

「……立花たちばなとおるから電話があった。……渡辺真才がお前に用があるようだから出向けと。……大会の責任者を使ってまで俺を呼んで、一体何が目的だよ……」


 環多流の顔が強張る。


 そう、俺は環多流を呼ぶにあたって、先日の黄龍戦の運営責任者である立花徹にアポを取った。


 彼は大会に出場する全選手の情報を持っている。名前、住所、電話番号だ。


 俺は立花にそれらの情報を教えてほしい。……いや、何人かの選手に電話をかけて欲しいと頼み込んだ。


 もちろん、理由も用途も話していない。だから拒否されるのが普通だろう。責任者としての立場がある立花にとって、他人の情報を易々と明け渡すことはできない。


 ……が、俺には先日の一件がある。


 不正者と言われ、疑惑が晴れず、大会への参加を止められるまでに至った経緯がある。俺は立花に貸しを作っている。


 普段なら多忙でアポすら取れないそうだが、俺の名前を出したらすぐに通してくれた。


 そして手始めに、環多流との連絡を繋げた、というわけだ。


「2つ、聞きたいことがある」

「……言えよ」


 環多流は息を呑んで俺の言葉を待った。


「1つ、俺の通っている学校。西ヶ崎高校の将棋部がたった今廃部になろうとしている。そこの顧問は宗像銀司というらしいんだが、何か知っているか?」

「……それって要するによ、そいつが銀譱と繋がっているって俺に直接聞きたいわけか? まさかそんなことのために呼ぶとはな」

「質問に答えてくれ」

「俺が言うとでも?」

「そっか」


 環多流は両手を曲げて知らないフリをする。


 だから俺は、続けて2つ目を問いかけた。


「2つ、俺にまだ敵意がある。という認識でいいのか?」

「……っ」


 ぎょっとして環多流が足を後退させる。


 俺にはこの男、遊馬環多流を糾弾するカードが山ほどある。証拠は明日香から数えきれないくらい吐き出させてもらったし、動機も十分持っている。


 それに、彼が銀譱道場を破門にされた。というのも風の噂で聞いている。


 後ろ盾を無くした今の環多流に行動権はない。そこで俺が例の一件を口外でもすれば、彼の人生を終わらせることはたやすいだろう。


 だけど俺はそうしなかった。そして、そうしなかったのには理由がある。


 ──こうして、使えるからだ。


「……あぁクソッ! 分かったよ! 言えばいいんだろ言えば!」


 環多流は吹っ切れたように叫ぶと、頭をおさえて別な方角へ視線を向けた。


「……俺は銀譱でもかなり上の人間と対面したことがある。だが、それは俺が偉いからじゃねぇ。俺みてぇな輩はそうしてつけあがらせておいて体よく扱った方が都合がいいってだけだ。だから俺は銀譱の情報をほとんど持っちゃいねぇ、初めから切りやすい尻尾になってんだよ」


 僅かな怒りを込めながらそう言い放つ環多流は、俺の方を向いてようやく目線を合わせた。


「ただ俺はなまじ知恵がある分、目ざといんでな、銀譱がお前の高校に何かをしようと計画していた資料はいくつも目にしたことがある」


 それらは今シュレッダーにかけられているのだろうが、なるほど、根拠としては十分だ。


 そもそも西ヶ崎高校は、銀譱委員会と第十六議会の利権争いに巻き込まれているって前に葵が言っていたしな。


「それに以前、お前のいう男……宗像銀司を見かけたことがあったな」

「……!」

「話したことはない。ただ奴が銀譱の本社に入っていくところは数回ほど見たことがある」

「それは確かか?」

「ああ、間違いねぇよ。ただそいつがやっていると断定できるわけじゃねぇ。あくまで姿を見たってだけだ」

「名前はどうして知っている?」

「宗像銀司は元銀譱委員会の役員だ。俺がまだ銀譱道場に入りたての頃、代表者のミーティングで写真付きの掛札に名前が書いてあるのを見たことがある。その時に顔と名前を覚えた」


 へぇ、意外と記憶力があるのか。


 それに"元"か。……なるほど、現役の役員を使ったら繋がりはすぐバレるから、あえて辞めさせた人間を使った可能性があるな。


「元役員ってことは、今はいないのか?」

「そうだ、今はいねぇ。だからその宗像銀司って男がお前の部活を潰そうとしている犯人かは断言できねぇよ」

「……いや、十分だ」


 思いのほか、環多流から吐き出された情報は質が良かった。


 最悪何も進展しない可能性もあると思って、第二、第三の手を考えていたが、今回の話で良いポイントが掴めた。


 特に環多流が宗像銀司と『接点がない』というのが有用だ。もし接点があれば銀譱は絶対に環多流を切らない。何故なら、それ自体が情報を握っている証左になるからだ。


 しかし、銀譱は環多流を切った。持っている情報に価値がないと踏んだのだ。


 事実、銀譱から環多流に与えられた情報はひとつもなかった。……自分で盗んだという情報を除けば。


「ありがとう、助かった」

「お、おう」


 環多流は俺を一瞥した後、少しためらって尋ねてきた。


「……お前、今でも俺を恨んでいるか?」

「恨んではいない。許さないが」

「それは恨んでるってことだろ……」


 苦しい表情を浮かべる環多流に、俺は軽く笑って告げる。


「対局ならいつでも受けて立つ。将棋その世界に囚われているのなら、勝負は盤上で付けるべきだ」

「……俺は将棋を道具としか見てねぇよ」

「それでいい。道具は使ってなんぼだ。好き嫌いで勝てるほど甘くない」

「……」


 俺はそう言って環多流に背を向けると、次の場所へと向かっていった。


 ──さて、事実確認は済んだ。


 雨はまだポツポツと降っているが、明日には晴れるだろう。


 俺はその間にやるべきことを終わらせる。


 そして、やるべきことは全部で3つだ。


 事実確認、事後の保障、問題の解決。この3つを順に成し遂げていく。


 事実確認はさきほどの環多流との話で大体分かった。


 そもそも俺は宗像銀司という男が銀譱と繋がっているという情報だけあれば十分だった。


 だが、思ったより収穫があったおかげで十二分に成果が得られた。


「さて……」


 次にやるべきは事後の保障。これは問題が解決した際に、更なる問題が降りかかることを事前に阻止するための行動だ。


 物事を解決するのは誰にだって出来る。だが、それによって出てくる問題というのもまた大事だ。


 本当の勝利とは、勝った時に敵がいなくなることである。勝って祝杯を上げるのは自殺行為に過ぎない。


 そして、権力というのは大人社会、大なり小なり存在する。


 俺達は学生。権力に守られることはあっても、権力を持つことはない。


 だが、間接的に権力を持つことは可能だ。


 例えばそう、宗像銀司が俺達の味方になったらどうだろう。銀譱委員会がバックに付けば、間接的に俺達が権力を得たような状態になる。それはまさしく、以前の銀譱道場でいうところの環多流と同じ立場だ。


 だが、そんな展開はあり得ない。何故なら銀譱委員会は、その権力を今まさに俺達に振りかざそうとしている相手だからだ。敵対することはあっても味方になることはない。


 それに、銀譱委員会の手法というのは隣に立つ味方、という立ち位置ではなく、全てを包含する強行、権利を振りかざす者への傀儡でしかない。


 だから俺達は、この発想を変えず、相手を変える必要がある。


 そう、銀譱委員会がダメだというのなら。



 ──第十六議会を味方にしてしまおう、と。




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