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第百二十五話 『絶無指し』

『将棋配信者ライカの応援スレPart15』


 名無しの553

 :『評価値』後手+398 ライカ・有利


 名無しの554

 :ライカこんな強かったんか……


 名無しの555

 :自滅帝相手に一歩も退かないのかっけぇ……


 名無しの556

 :ライカのファンになったわ


 名無しの557

 :てかさ、これこのまま相入玉戦になったら持ち駒大量に持ってるライカが点数で勝つんじゃね?


 名無しの558

 :>>557 確かに!?


 名無しの559

 :>>557 あ、マジやん!


 名無しの560

 :>>557 青薔薇vs自滅帝のときの再来!?


 名無しの561

 :>>557 そうか、入玉宣言法か!


 名無しの562

 :>>557 自滅帝まさかの青薔薇に勝ったやり方で負かされるってマジ!?


 名無しの563

 :>>557 だからライカは入玉狙ったのか!


 名無しの564

 :>>557 きたあああああああああああ!!!


 名無しの565

 :>>557 はえー……そんなこと狙ってたのか、じゃあこれもう自滅帝負け確やん



 不滅の牙城がじょうが崩壊する。


 手を伸ばした先、真才の放つ一手が指先から崩れて砂と化す。


 ──来崎の読みが、ついにその男を上回った。


「これが、来崎の本当の棋力……」


 東城が思わず呟く。


 自滅流が成功し、王様が捕まらなくなったことで優勢を捥ぎ取ったはずの真才。


 しかし、それは安直な考え方である。


 敗北が消えても、勝利を掴んだわけではない。来崎が同様に逃げ始めたこの局面、それはまさしく青薔薇赤利vs渡辺真才の戦いの再来だ。


「来崎が入玉を決めれば入玉宣言法の勝負になる。それも今度は自滅帝がされる側だ……」


 このまま相入玉戦になれば真才に勝ち目はない。


 先の青薔薇赤利の試合と逆、今度は真才に点数が足りていない。


 自滅流は捨て駒を大量に使って王様の安全を確保する戦い方。その弊害は大きく、駒の損失が激しい。


「なるほど……これが自滅流の弱点か」


 ──自滅流最大の弱点。それは相手に多くの持ち駒を持たれた状態で入玉を狙われることである。


 赤利との戦いでは、それを悟らせないために大量の駒を所持した状態で自滅流を繋げた。


 しかし、来崎との戦いではまともに駒得をすることが厳しかった。覚醒した来崎の棋力が真才に迫りつつあったからだ。


 だから、来崎の王様が入玉してしまえば、真才の自滅流は効力を失う。


「これは、間違いなく決まる──」


 そんな誰かの言葉が起点となって、二人の戦いは激化した。


 真才は来崎の入玉を止めるべく、自陣に残された数少ない駒を動かして防衛の体制を作る。


 しかし、そこに手を掛けようものなら、来崎の狙いは入玉から敵陣への攻めへと変わる。


「そんな読みでいいんですか、真才先輩」

「っ……!」


 流星のような弾丸が自滅流の囲いに襲い掛かる。


 将棋は決して狙いを一つに絞ってはいけない。必ず複数の狙いを持った手を指さなければ勝利することができない。


 自滅流の囲い、天空城の崩壊は死を意味する。


 真才は全力の思考をもって来崎の猛攻をなんとか抑え切り、ギリギリのところで詰みを逃れた。


 しかし、囲いを守っている間に来崎の王様は楽園への道を歩み続ける。


 このまま入玉されたら点数差で負けてしまう。しかし、来崎の王様を牽制しようと自陣に手を掛けると、その隙を突かれて真才の囲いに攻撃を仕掛けてくる。


「なんだこの将棋……こいつら本当にアマチュアなのか……?」

「まさか西ヶ崎の本当のエースが副将だったとはな……」

「一体どうなってんだよあの高校……」


 絶体絶命のピンチが真才を襲う。いや、ピンチどころの騒ぎではない。


 来崎の手はもう二度と緩まない。真才の策がことごとく霧散する。


 もはや真才の前に対峙していたのは、かつての名折れた無冠の女王などではなかった。


 ──本物の女王、全冠の女王トップランカーである。


 地獄のような戦いに身を投じ、目まぐるしく二転三転する局面を制したのは、間違いなく来崎だった。


 全員が、心の中で彼女に称賛をおくった。


 帝王に土を付ける存在がついに現れる──。


 時代を変えたものを、さらに超える存在の誕生。アマチュア界の新星、女王の誕生だ。


 ──窓から入った風が真才の髪を靡かせた。


 同時に、それは小さなともしびを宿した。


「……ククッ」


 喜びは胸から喉へと這い上がり、やがて口から漏れ出るように吐露してしまう。


「──あはははっ!」


 何事かと、全員の視線が真才に向けられる。


 普段から陰のオーラしか出してこなかった彼から、将棋以外で注目を集める言動が生まれた。


 東城、葵、佐久間兄弟、そして彼と相対した全員の選手たちが驚愕の目で真才を見る。


「いや、ごめん。少し気分が高揚しちゃって……はぁ……」


 笑うつもりなんて無かった真才は、予想以上に興奮してしまった自分に赤面しながら息を整える。


 そして、今度は真剣な表情で来崎の目を見つめた。


「……来崎」


 深淵を覗くような、深い水面の中にある──真紅の光。


 それが来崎に向けられた。


「……」


 ゆっくりと、静かに、無言で顔を上げた来崎。


 そこへ、真才は告げた。


「──覚悟は、いい?」


 その言葉に、来崎は目を見開いた。


 同時に、何を言ってるんだコイツは、という視線が一斉に真才に向けられる。


 たった今、この勝負で負けそうになっているのは真才の方である。逆転する術がないと嘆き、悲しみ、喚き散らかすのは真才の方なのである。


 そのセリフは来崎にこそふさわしく、今の真才には分不相応ぶんふそうおうでしかない。


 だが、その言葉を受けた来崎は口角を上げて嬉しそうに返した。


「──はい、一緒に踊りましょう」


 瞬間、対局時計のボタンが押された。


「……え?」

「……おい、今指したか?」

「……いや、まったく見えなかったが……」


 困惑する観戦者達は何が変わったのかと盤面に目を向ける。


 真才が手を指した。──だが、見えなかった。


 思わず見逃してしまったと盤面に目を向ける観戦者達だが、あまりにも代わり映えしない盤面に首を傾げた。


 持ち駒を打ったわけでも、攻め駒が動いたわけでもない。


 では一体、何を指したのか?


「……はっ?」


 そして、ようやく動いた駒を見つけた一人の観戦者が、瞬きを忘れて硬直した。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part43』


 名無しの740

 :あーでた


 名無しの741

 :うわでた


 名無しの742

 :ワイ氏、トラウマが蘇る


 名無しの743

 :???


 名無しの744

 :え、何?どういうこと?


 名無しの745

 :あー始まった


 名無しの746

 :これこれwwwこれが自滅帝www

  ……トラウマやめろ……



 観戦者達が騒然とする。


 辺り一帯が驚愕と動転の反応で包まれる。


「これは……さすがの赤利も予想外……というか……」

「なに、その手……」

「うむ……覚悟とは読んで字の如くか……」


 ──真才が指した一手は、王様の移動だった。


 自滅流を携え、入玉を目指すのだから当然の一手……そう思われていた。


 違う。


 全然違う。


 全くもって逆の発想。逆の構想だ。


 真才の王様は、自滅流から『離脱』していた。


 入玉とは逆の方角──自陣のある下の方へと下がっていったのだ。


「なんだ、それ……」

「は、は? ……は?」


 自滅流を自ら破壊する一手に、それまで無反応を貫いていた勉の眉がピクリと動く。


 一体何が狙いなんだとざわつく観衆達。


 だが、真才は手番が回ってくるごとに一手、また一手と他の駒達を引き連れながら王様を下げ続ける。


 悲鳴が飛んできそうな自殺行為、頭がおかしくなったのかと止めに入りそうな観戦者達。


 ──その王様の目標は、来崎の王様だった。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part43』


 名無しの751

 :ぎいいいやああああああああああああああああああ


 名無しの752

 :ひっ(動悸)


 名無しの753

 :え?なにこれ?え?どういうこと?


 名無しの754

 :自分から死にに行ってる……


 名無しの755

 :は?なんで王様自ら殺されにいってんの?自滅帝ついにトチ狂った?


 名無しの756

 :あー、でちゃったよ……


 名無しの757

 :なんか理解してる奴としてない奴がいるな、誰か無知なワイに教えてくれ


 名無しの758

 :でたわね、自滅帝の『絶無指ぜつむざし』……


 名無しの759

 :>>758 なにそれ、初耳なんだけど?


 名無しの760

 :>>759 初期スレみてこい


 名無しの761

 :昔、自滅帝が対戦相手を叩きのめすときに使ってた手法

  王様だけで相手を潰しにかかる、文字通り自滅するような指し方で自滅流の原点


 名無しの762

 :暴玉ぼうぎょくとか顔面攻めとか言われてたけど、類を見ないから絶無指しって言われてたな


 名無しの763

 :自滅帝と戦うと"戦慄する"って言われるようになった原因


 名無しの764

 :懐かしい、これされてワイ将棋やめそうになったもん


 名無しの765

 :そんなヤバいんか?


 名無しの766

 :>>765 ヤバいなんてもんじゃない、頭おかしなるで


 名無しの767

 :>>765 王様突撃してくるんやぞ?しかも全然詰まないし、王様に気を取られてる間に他の駒一掃されて全駒ぜんごまされる


 名無しの768

 :>>767 いやこっわ……


 名無しの769

 :>>767 聞いてるだけでちびりそうになった


 名無しの770

 :>>767 将棋星人特有の戦法やめろ


 名無しの771

 :>>767 自分から王様突っ込むとか自滅やんけ!って思ったけど自滅帝の由来ってそういうことか……



 正気の沙汰とは思えない一手が真才から放たれる。


 互いに崖から落下している状態で、相手に突撃していく馬鹿がどこにいる?


 ──ここにいた。


(詰ます。絶対に詰ます──ッ!)


 これ以上ないよろこびと共に自ら危険地帯に突撃していく真才。


 もう体力が尽きかけているはずの来崎が、己の理性を崩壊させてまで放った玉上ぎょくあがり。この一秒でも早く終わらせたいはずの苦しい戦いの中で、超長期戦である入玉戦を選択する暴挙。


 まさに狂気の選択である。


 ──だから、真才も来崎にならってその封印を紐解いた。


 狂気に正気はぶつけない、狂気にぶつけるはいつだって同じ狂気である。


「なんだよ、それ……」

「俺達が見てるのは、将棋なのか……?」


 戦慄した表情で、怯えた表情で、彼らは真才に視線を向ける。


 いや、もう目を見ることすらできない。あまりにも常識が外れた一手に、恐怖の渦中へと引きずり込まれる。


 このまま来崎の勝利で終点に移行するかに思えたその勝負は、真才の隠し玉によって一気に形勢を混沌のものとさせる。


 まるで魔王に怯える村人のような視線が、真才の周りを飛び交っていた。





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