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第百二十三話 理由のない取り柄

 何事も趣味の範疇を超えてしまえば、そこへ何かしらの理由を見出さなくてはならない。


 強い想いがなければ何も為せない。夢に対する、目標に対する理由がなければ進むことを許されない。


 そんな雰囲気だった。


 だから私は、惰性だせいで将棋を続けていると思われていた。


「来崎夏さん、今回の県大会は惜しかったですね」


 アマチュア竜王戦。多くの強豪がひしめく県大会。


 私はそこで、将棋関係の記者の方からインタビューを受けていた。


「相手はメアリー・シャロンさんでしたが、今回の勝負、どこが悪かったのか、もしくは何か敗因などはありますか?」

「全体的に攻めあぐねていたのが原因だと思います。途中までは良くても、最後は逆転されて負けてしまいましたから」


 私がそう答えると、記者の方は慣れた手つきでメモを取り始める。


 そしてメモを取りながら次の質問をしてきた。


「来崎さんは今まで大会での優勝経験がないとのことでしたが、これから優勝へ向けた打開策などはありますか?」

「……全力で頑張るだけです」


 私は、そんな平凡な言葉を口に出していた。


 だって、頑張る以外の言葉が見つからない。優勝するための打開策なんて、そんなの私が一番知りたい。


 ──これまでの大会で、私はたった一回の優勝すら掴めていなかった。


 ここは県大会、地区大会の上にある大会。でも私はその地区大会すら優勝していない。


 アマ竜王戦の地区大会は、西地区の場合上位2名が県大会への出場を認められる。つまり、優勝できずとも県大会へいける。


 そう、私は地区大会で2位だった。


 そして、県大会でも2位。


「──やっぱアイツ、無冠の女王だよな」


 ──そんな陰口が、どこからか聞こえてきた。


「では最後に、来崎さんが将棋を指す理由、そして将来の夢を聞いてもよろしいでしょうか?」

「……えっと……」


 言葉に詰まった。


「……将来の夢は、ないです」

「では、将棋を指す理由は?」


 さらに言葉を詰まらせる。


 将棋を指す理由。──夢、目標、意味。


 そんなもの知らない、何もない。私はそんな高貴な大志なんて抱いていない。


 プロ棋士になりたいからとか、誰かに目標とされる存在になりたいからとか、憧れる人と戦いたいからとか、誰かの夢を背負っているからとか。


 ──そんなものは一切無い。


「……将棋しか取り柄がないから、ですかね」


 酷い答えだった。吐き気のするような凡人の回答だった。


「そ、そうですか。ありがとうございました。これからも頑張ってください」

「……」


 私の回答に不満だったのか、周りから睨むような視線が向けられる。


 誰もが本気でこの場に立っている。もしくはただの趣味で来ている人もいるだろう。


 だけど私は、将棋を趣味とはしていない。本気で上を目指す確固たる意志を持ってこの場に立っている。


 なのに、夢がない。理由もない。


 誰よりも強くなりたいと思っているし、大会でも優勝したいと思っている。女流棋士にだってなりたいし、プロになれるならそれこそ願ったり叶ったりだ。


 ──でも、じゃあどうしてそんなに必死になって将棋を指しているの? と聞かれた問いに、私は答えられない。


 だって、選択肢が無かったから、将棋しかできなかったから。だから将棋をやっている。


 ……それだけでしかない。


『君は将来、大物になる』


 幼い頃に伝えられた言葉が徒桜あだざくらのように儚く散る。


 所詮は紛い物だった。


 期待した自分が馬鹿だった。


 いや、そもそも期待なんてしていない。自分に将棋の才能がないことなんて、もう悟ってしまっていたから。


 凱旋に落ち、才能がないことを突きつけられ、大会でも未だ優勝できない。


 無駄に格上だけ狩り続ける嫌味な才覚は『無冠の女王』として卑下される。


 ──もう、どうしようもなかった。


 ※


「……へぇ。この人、専用のスレとかあるんだ」


 それはいつの日だったか。確か、桜が咲いていた気がする。


 いつものように、将棋戦争の高段者帯で勝った負けたを繰り返していた私は、『自滅帝』というプレイヤーと当たった。


 一言でいうと、彼の将棋は酷かった。定跡も手筋も知ったことじゃない、あまりに身勝手なその戦い方に、最初は嫌悪したのを覚えている。


 そして私は、そんなふざけた指し回しをする相手に、たった一度の王手すらすることができずに敗北した。


 あり得ないことだった。


 あまりに気になったのでネットで調べてみたら、そのプレイヤーの専用のスレが立っていた。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart3』


 名無しの552

 :バーカ


 名無しの553

 :不正乙


 名無しの554

 :うぜえええええええええええええ


 名無しの555

 :将棋舐めてんだろコイツ


 名無しの556

 :氏ね


 名無しの557

 :AI使ってんのバレバレ、通報しました



 そのスレは、想像の数倍荒れていた。


 荒らしている者の多くは、私のようにボコボコに負けたプレイヤーなのだろう。


 でも、これだけ多くの文句が付くほど、この『自滅帝』というプレイヤーは強かった。


 それこそ、人間であることが疑わしいレベルで。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart3』


 名無しの558

 :自滅帝の被害者どんどん増えてるwww


 名無しの559

 :ザコどもがあらぶってて草


 名無しの560

 :いいぞ自滅帝もっとやっちまえww


 名無しの561

 :氏ね


 名無しの562

 :通報してんのになんで垢BANされないの?


 名無しの563

 :不正してないからだろ


 名無しの564

 :>>563 どうみても不正してるだろw


 名無しの565

 :アホ


 名無しの566

 :スレの民度終わってるンゴ


 名無しの567

 :自滅帝は将棋戦争の用意した特殊AIだぞ


 名無しの568

 :>>567 だからBANされないのかw


 名無しの569

 :>>567 納得ww


 名無しの570

 :スレタイ見ろよ、自滅帝はアマチュアだぞ


 名無しの571

 :>>570 でも正体不明やんw


 名無しの572

 :>>570 ソースは?


 名無しの573

 :>>572 中濃


 名無しの574

 :>>573 つまんな、消えろ


 名無しの575

 :30回に1回ペースでしか負けてないのキモイ


 名無しの576

 :コイツと当たったら回線切ってるわ



 当時の自滅帝は謎多きプレイヤー。


 現役のプロ棋士すら蔓延っている将棋戦争という魔境のアプリで頭一つ抜けた活躍を見せるその存在に、多くの者は疑惑の目で見ていた。


 プロ棋士、不正者、将棋戦争の作り出した最新のAI。


 しかし、どれもしっくりこない。こじつけのように見える。


 だから結論として出たのが『正体不明のアマ強豪』だった。


「……でもどうせ、中に人はいないという結末です」


 当時の私は内心少しだけれていた。


 大会でも勝てず、大した成長もできず、棋力だって伸びているのか分からない。


 自滅帝──本当にあの指し回しをアマチュアができているのだとしたら、是非とも話を聞いてみたい。


 どうやってあんな強い戦い方ができるのか、どうして勝てるのか、どうしてそこまで強くなれたのか。


 ──どうして、将棋を指しているのか。


 その理由を知りたかった。


「……」


 でも、現実はそんなに甘くない。


 この問いに答えてくれるほど、画面の先にいる幻の影は近くなかった。


 ──本当は、心のどこかで分かっていた。


 所詮は執念の無い行動だということを。


 平凡に産まれ、平凡に生き、平凡な終わりを迎える。


 将棋しか取り柄がない私には、将棋に対する熱い情熱も、将棋を愛する資格も、将棋で勝つ理由さえも無かった。


 惰性で続けているように見えたのは、本当はそれが真実だったのかもしれない。


 間違っていたのは、私の方だったのかもしれない。


 ああ、なんの為に私は将棋を指しているのだろう。




 ──そう、思っていた。


 自滅帝のスレに、"本人"が登場するまでは。




『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart4』


 zimetu119

 :休憩がてら見物





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