丸2日間という長い戦いの末、黄龍戦の県大会がついに終わりを迎えた。
当時は優勝候補として挙げられていた各地区だったが、それらをすべて薙ぎ倒し優勝の座に輝いたのは、最も影の薄かった西地区だった。
特に、例年稀にしか顔を出さないとされる凱旋道場の参戦があったにもかかわらず、それらを全勝という形で締めくくった西地区の活躍は信じられないものである。
凱旋道場は過去の団体戦で一度も全敗を喫したことがない。それは全国大会ですら同様だった。
──しかし、この県大会で初となる全敗の烙印。それもあの青薔薇赤利ですら敗北するという衝撃的な結果。
無敗道場の名を過去のものとした西地区代表の西ヶ崎高校。その7人のメンバーは、全国紙でも一気に注目される存在へと昇格する。
これは運営陣であるラッセル新聞社としても特大のネタであり、ネットやSNS各所などでも大きな話題を呼び始めていた。
※
広々とした校内の一室、がらんどうとなった講義室のような部屋で、二人の男女が離れて席に着く。
かつては凱旋道場に土を付けたことすらある県代表のひとつ──『
全国大会の常連であるその支部で、さきほど席に着いた男女が他愛もない会話を繰り広げていた。
「おい、
スマホをいじりながらどこかの掲示板を見ていた男、
「じめつてー? 知らねー」
しかし、ネット将棋に
「
「ふーん、それって強いの?」
「ああ、強い。さっき黄龍戦の全国大会で出場する代表支部を調べてたんだがな、今日の県大会は興味深い結果だった」
「確か今日の県大会開催地は凱旋のところだっけ。結果分かってるっしょ、どうせ凱旋が圧勝して──」
「負けたそうだ」
「……は?」
それまで興味無さそうにスマホをいじっていた伊吹は、思わず尾崎の方を振り向く。同時に伊吹のスマホに付けたストラップがぶつかる音が、がらんどうな一室に響いた。
寒い冗談を言うなといわんばかりの視線を送る伊吹だが、尾崎は首を振って否定する。
「凱旋道場が破れたのはついさっきの出来事だそうだ。……しかも
「凱旋が全敗……?」
「そうだ」
尾崎の言葉に、まるで信じられないといった様子で眉間にしわを寄せる伊吹。
「青薔薇赤利を破ったのは誰なの? 天竜?」
「いいや、天竜一輝を含むチームは今回の地区大会で敗退している」
「じゃあ誰なんだよ!」
「さっき言った自滅帝だ」
「……!」
そこで初めて、伊吹の脳内に自滅帝という単語が焼き付く。
ネット将棋のトップランカー。それも大会に出るということは現役のアマチュアである。
現役のアマチュアがその界隈のトップに君臨する者を倒すには、プロレベルの実力がなければならない。
青薔薇赤利はそのトップ層の中でも群を抜いて秀でた存在である。過去にはプロ棋士を相手に平手で勝ったこともあり、大会一年目から女流の道は確実と謳われるほどの実力者だった。
そんな彼女を含めた凱旋道場の面々を全滅させられるほどの存在とは、一体なんなのか?
考えれば考えるほど未知の可能性が浮上していき、感じたこともない恐怖が増大されていく。
額に冷や汗を浮かべた伊吹は、無理に引きつった口角で尾崎に告げた。
「……いやいや、ありえないっしょ。つーか仮にそれが本当だとしても運が良かっただけだろ。凱旋って何考えてるか分かんねーし、どうせまたわざと負けたりしたんじゃねーの?」
そんな伊吹の言葉に、返答が返ってくることはなかった。
※
混雑する駅の中、一人の青年がスマホを見ながら口角を上げる。
「へぇ……」
自滅帝の話題で沸騰しているSNSに混じって、早々と黄龍戦の結果を報告する記事が書かれていた。
『【速報】自滅帝、黄龍戦を余裕で優勝するwww』
そう書かれた記事の中身を読んでいた青年は、その記事に添付された棋譜を見て興味を示す。
「なんだか楽しそうですね、
そんな青年の後ろから声を掛けてきたのは、両手に缶コーヒーを手にしたサラリーマンのような恰好をした男だった。
男は琉帝と呼ぶ青年に片方の手に持っていた缶コーヒーを渡すと、そのついでに琉帝のスマホを覗き見る。
「……自滅帝の棋譜ですか?」
「凱旋を全滅させた相手がどんな人間か確認したかったんだが、案外面白そうな奴でな。指し回しもイカレてやがる」
琉帝は棋譜だけをみて全てを察したかのようにそう告げると、受け取った缶コーヒーを開けて飲み始める。
「自滅帝は確か西地区の代表者でしたよね。……あ、西地区といえば琉帝さんの名を冠した道場があるところじゃないですか?」
「あ? 道場?」
「琉帝さんが昔教えていたところですよ」
「あー、
ちょうどそこへ電車が到着し、駅のホームにあるベンチに座っていた琉帝はおもむろに立ち上がる。
「……だがまぁ、潰しがいのある人間はいたみたいだ」
どこか嬉しそうに嗤う琉帝。
それまでつまらなそうだった表情から一転、悪知恵の働く者の目付きになって男に背を向ける。
「次会うのは全国か」
「はい」
「お前も少しは気合入れとけよ。──
そう言って、琉帝は電車の中へと入っていった。
「……はぁ、その名前で呼ぶなと言っているのに」
※
黄龍戦の決勝戦が終わってから少し経った頃、掲示板では未だ自滅帝の戦いに対しての余韻が残っていた。
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part42』
名無しの342
:【速報】決勝戦の自滅帝のAI一致率、76%www
名無しの343
:>>342 うっわwww
名無しの344
:>>342 バケモノで草
名無しの345
:>>342 一致しすぎやろw
名無しの346
:>>342 メアリーは一致率9割超えてる定期、メアリー以下確定
名無しの347
:>>346 はあああ……(クソデカため息)
名無しの348
:>>346 せ、せやな……
名無しの349
:>>346 お前はなんもわかっとらん
名無しの350
:>>346 自滅帝は自滅流使っとるんやぞw
名無しの351
:>>346 ①自滅流は最善手じゃない。②自滅帝は千日手を2回も挟んでいる。③手数300手超え。④3局目はほぼずっと秒読み。⑤終盤は入玉戦。
これを経てAI一致率7割強なんだけど、メアリー以下とか正気?
名無しの352
:>>351 もうモンスターでしょこれ……
名無しの353
:>>351 集中力どないなっとんねん
名無しの354
:>>351 入玉戦で最善手指してるの正直ヤバいと思う
名無しの355
:>>351 人間卒業の条件かな?
名無しの356
:>>351 入玉戦で最善手とかこれ現代の矛盾だろ……
大盛り上がりを見せた黄龍戦の県大会決勝戦。
特に千日手を二度も繰り返した果ての自滅帝の勝利は、自滅帝スレ民にとって新たなお祭り騒ぎのための燃料投下に等しかった。
こうして大会が終わった直後も非常に熱い盛り上がりを見せる掲示板だったが、この後に投下されたある書き込みが、掲示板全体の流れを一気に変えるものとなった。
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part42』
名無しの357
:【速報】自滅帝vsライカ この後一騎打ちが始まる模様。
https://koreha/usono-saitodayo/nishichiku-zikkyou.part21
名無しの358
:>>357 ファッ!?
名無しの359
:>>357 はっ!?
名無しの360
:>>357 どういうこと!?www
名無しの361
:>>357 一騎打ち!?なんで!?w
名無しの362
:>>357 えっ、今決勝終わったばかりだよな?w
名無しの363
:>>357 !?!?!???
名無しの364
:>>357 どういう流れでそうなったんだw
名無しの365
:>>357 一騎打ちってマジ!?自滅帝vsライカどっちが強いの論争に決着か!?
名無しの366
:>>357 おい!!二人が本気で戦うところ見てみたいって言ってたニキ出て来いよ!!
名無しの367
:>>357 これは楽しみ過ぎる!!
名無しの368
:>>357 自滅帝もライカもお互い疲労困憊やろwww
名無しの369
:>>357 ドリームマッチキターーーー!!
名無しの370
:>>357 これが本当の決勝戦かwww
名無しの371
:>>357 真の決勝戦、今からでしたwww
名無しの372
:>>357 棋譜動いてねぇぞ!!まだ始まってないのか!?
名無しの373
:コメントの流れ一気に加速して草
名無しの374
:>>357 自滅帝が勝つに100万、ライカが勝つに100万
名無しの375
:>>374 どっちも単勝1.0倍です
名無しの376
:風呂入ろうと思ったのに脱衣所で服脱いだままリビングにきちまった
名無しの377
:>>376 服着ろ