「……これは凄いわね」
東城がパソコンの画面に映る"自滅帝が十段になった"という記事のコメント欄を見て感嘆の声を漏らす。
「自滅帝の正体ってやっぱりミカドっちだったんすね……」
「あはは……」
俺としてもここまで大々的に騒がれるのは少し恥ずかしい。
ただ静かに100連勝を目指していただけだったのに、まさかこんなに多くの人達に見られていたとは思わなかった。
大体、今は平日の夕方だぞ……。
「これはまたすごい盛り上がりっすね」
「この様子だと話題が外まで飛び出してるんじゃないかしら?」
「いやさすがにそれは……言っても界隈の小さなイベントだと思うけど……」
そもそもこの話題で盛り上がれるのは、実際に将棋をやっている人か、将棋に興味がある人だけだ。そして、その中でも将棋戦争を知っている人にしか分からないものだろう。
自分で言うのも何だけど、結構狭い世界で成し遂げた実績だ。大会と違ってリアルの何かで打ち立てたものでもないんだから、大した盛り上がりは見せないと思う。
しかし、その予想は瞬きをするより速く裏切られた。
「あ、真才先輩トレンド入ってますよ」
「え……」
そう告げる来崎のスマホを覗くと、確かに『自滅帝』という単語がトレンドに入っていたのだ。
見れば俺のことを知らない人はもちろん、将棋自体を知らない人達まで自滅帝に関する呟きを行っていた。
いち早く投稿された記事は既に2万越えのいいねが付けられており、拡散数は8000を越えていた。
「マジか……」
「ヒュー! ミカドっち人気者~!」
「何人かのプロ棋士が記事の内容に触れたみたいで、それで一気に拡散されてる感じね」
そう言って東城は記事の返信欄を開くと、大量の返信が書かれており、その中には見たことのある大物たちの名前もいくつかあった。
> 凄い人が現れたなって感じました
> 自分も将棋戦争をやっているけど、さすがに十段は行ける気がしない
> 実は中身がプロ棋士で、身近にいる人なんじゃないかと思い始めてる
> 十段……これがもしアマチュアの方ならとんでもないことです
そう返信してあるのは、全員現役のプロ棋士が発言したものだった。
「まさにベタ褒めじゃないっすか!」
「プロ棋士にまで注目されてる真才先輩、かっこいい……」
自分でも驚くほどの反響にどこか他人事のような感覚を覚える。あまりにも現実味のない光景で、本当に自分のことについて呟かれているのか実感がわかない。
散りばめられた呟きの中には「自滅帝の中身はプロ棋士の○○さんなんじゃないか」とか「プロ棋士に勝ったことのあるアマ強豪の○○さんだろ」とか様々な憶測が飛び交っており、中には「アマチュア最高峰の一角、天竜一輝説」なども挙げられていた。
確かに天竜ならこの戦績にも違和感はない。俺から見てもあれほどの強敵は早々出会うものじゃなかったし、今でもあの苦戦は忘れられない。
でも残念ながら、自滅帝の正体は大して冴えない陰キャの俺なんだ。天竜みたいなカリスマを持ってなくてごめんな……。
「むぅ、なんだか色々憶測が飛び交っててむず痒いですね……」
「なんたって自滅帝は正体不明のアマ強豪だもんね?」
そう言って東城たちがニマニマとした顔でこちらを凝視してくる。
「な、なに?」
「……ねぇ、真才くん。SNSのアカウントを作らない?」
「えっ!? あ、アカウントを……?」
「そうそう、アカウントです、アカウント」
何かを企んでいそうな東城と来崎に俺は押され気味になり、その真意が分からないせいでタジタジになる。
「い、いや、俺SNSは基本見る専で自分から呟いたりはしないんだけど……それにアカウントの作り方とか分からないし」
「ならこれを機に作りましょう! 作り方教えますから! そして私と相互フォローしてください!」
「あっ!? 来崎アンタ抜け駆けするのズルいわよ! 真才くんはアタシと相互になるのよ! ねっ?」
いや、二人ともそれが目的かよ……。
「二人とも現金っすねー。じゃあアオイがミカドっちのアカウントを代わりに作ってあげるっす。あぁ、お礼はいらないっすよ? 代わりにちょっとアオイの垢をフォローしてくれるだけで……」
そう言って葵が横からスッと割り込んできた。
「ちょっ、アンタまで何抜け駆けしようとしてるのよ!」
「勝手に真才先輩の一番を奪おうとしないでください、さすがの私も怒りますよ!」
「なんすか! 二人とも自滅帝と将棋戦争でフレンドになってるんすよね!? だったらSNSくらいアオイに譲ってもいいじゃないっすか!」
「それとこれとは別よ!」
「そうですよ! ここは真才先輩と一番付き合いの長い私からにするべきです!」
「アンタはネット将棋で対局していただけじゃない! 顔合わせならアタシが一番長いはずよ! 同じクラスなんだし!」
「クラスは関係ないっすよ! それに付き合いの長さだけならアオイも東城先輩と同じっすから!」
……と、いつの間にか俺抜きで喧嘩を始める三人。
いや、別に誰をフォローしようが構わないし、一人しかフォローしないなんて決めたわけでもないんだけど……。
俺はスマホを持った手をゆっくりと上げると、未だギャーギャーと喧嘩をしている三人へ向けて言った。
「えー、喧嘩をやめた人からフォローします」
「やめたわ!」
「はい! やめた! やめました!」
「争いなんてしてないっす!」
ここが西ヶ崎高校チョロイン部ですか。