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第四十六話 各地区から舐められる自滅帝

 東地区、銀譱委員会の中枢を担う本家の『銀譱道場』は、黄龍戦の県大会優勝へ向けて選手達の調整が行われていた。


「今朝の新聞見たか? 黄龍戦、西地区を勝ち抜いたのは学生チームらしいぞ」

「はっ? 学生? 議会の息が掛かってる連中じゃなくてか?」

「俺も最初はそう思ってたんだが、この西ヶ崎高校ってのは現状どこにも所属してない学校だ。うちと連中が対立している中心部らしい」


 男は黄龍戦の結果をまとめた資料を仲間内に見せる。


「そんな連中に琉帝と26ニーロクは負けたのかよ。アイツらほんと使えねーな」

「まぁ、26ニーロクのエースは東郷だからな。アレはもう衰退期入ってて使い物にならん。いつか負けるだろうと思ってたさ」


 琉帝道場も銀譱道場26も、どちらも本家の傘下に属する道場である。


 今回の黄龍戦を手中に収めるため、銀譱委員会は各地区に展開している道場から強力な選手達を大会に参加させた。


 もし銀譱傘下の道場が地区大会を優勝し県大会に来るようなことがあれば、その数によっては談合が成立するからだ。


 同じように全国でも似たようなことが行われれば、銀譱委員会という組織の枠組みの中で決着がつくことになる。そして、それは同時に銀譱委員会がアマチュア界を掌握して、全てを手中に収めることと同義でもある。


 無論、そんな思惑が表に出ることはない。だからこそ銀譱委員会と対立する第十六議会は銀譱委員会を水面下で狙い撃ちして潰すという対応策を取っていた。


 しかし、今回西地区の大会で優勝したのは銀譱委員会でも第十六議会でもなく、全くの無関係である第三者。学生率いる西ヶ崎高校だ。


 これは二つの組織が対立し、膠着状態が続いている近年では割と珍しい結果だった。


「それで、その優勝した学生チームはどんな奴らなんすか? 強いんすか?」

「一目見た感じは並みのチームってところだな。東城美香、来崎夏、葵玲奈。この3人は中学時代にそれなりの戦績は残してるが、素の棋力はまだまだ子供だ。佐久間魁人と佐久間隼人は研修会に入っていた実績があるが、今はもう退会済み。唯一厄介な武林勉は常時安定した勝率を叩き出しているが、この男はほとんど経験で指している棋風だ。研究将棋を仕掛ければ簡単に勝てる」


 男の言葉に周りの者は皆頷く。


「あとはこの渡辺真才って奴だが……コイツに関しちゃデータがない」

「データがない? どういうことだ?」

「そのままの意味だ。過去に大会へ出たことがないのか、そもそも勝ったことすらないのか、調べても名前すら出てこない。今回の大会が最新の戦績だ」


 渡辺真才。──決勝での天竜一輝との対局にて、その指し回しの奇特さは周りの目を奪うほどのものだった。


 しかし、そのレベルはあくまでも地区大会の範囲での話。県大会の常連である彼らにとっては問題にすらなっていない。


「この男の実力は今のところ未知数だ。だから高く見積もって三、四段。……いや、五段はあると見た方がいいだろう」

「おいおい、いくらなんでも五段は言いすぎだろ。そんな強そうには見えないぞ?」

「何事も最悪は想定しておくべきだからな。まぁ、これは団体戦だ。一人だけが強くても意味はない。それにもしもの時はあの人に頼ればいいしな」


 何事も最悪を想定するのは勝負においての定石である。


 しかし、彼らはひとつだけ大きく見誤っていることに気づいていない。


 自分達が見定めた渡辺真才という男が──果たして五段の枠に収まる人物なのかということを。


 ※


 万人の意見が揃うことは無いと言われているが、それが限られた枠の者達であればその限りではない。


 西ヶ崎高校の評価は、北地区でも同様のものだった。


「まともなのは東城美香と葵玲奈、あとは格上狩りをする来崎夏くらいか。相手にならなそうだな」


 北地区の主将、青峰龍牙あおみねりゅうがは黄龍戦地区大会の結果を見ながらそう答える。


 北地区は他の地区と比べて道場が少なく、将棋があまり普及してない地区として名が挙がっている。そのため龍牙の通う『上北かみきた道場』では、僅か10名という少ない人数で構成されていた。


 しかし、北地区の強さは県の中でも二番目と言われており、暴虐な棋風で他を圧倒する龍牙を基準に北地区の勢力は年々飛躍する一方である。


「天竜一輝を潰す予定だったが、学生風情に負けているようじゃ話にならないな。やはり倒すべきは凱旋──青薔薇赤利か」


 龍牙は持っていた紙を放り投げ、次なる標的を中央地区に定めていた。


 ※


「どいつもこいつも見識が狭いな」


 決戦の場、後に黄龍戦県大会が行われる会場にて、一人の少女がそう呟く。


 風に靡く髪をかきあげながら、少女は華麗に振り返って後ろにいる青年に声を掛けた。


「──そう思うだろう? 天竜一輝」


 少女の後ろに立っていたのは、会場の下見をしに来た西地区の元王者、天竜一輝だった。


 天竜は少女の言葉に暫く無言を通し、吹く風が木の葉を攫って行くのと同時に言葉を漏らした。


「……敗者に弁は無い」


 天竜は空を見上げた。


「正直、あそこまで強いとは想像してなかったよ。君から彼の正体が自滅帝だと教えてもらってもなお、俺は彼に土をつけることができなかった。まさに完敗だ」


 その言葉からは、悔しさは微塵も感じられなかった。むしろ清々しさすら感じられる言葉に、少女は感心したように微笑む。


「そう悲観することもない。あの男をあそこまで追いつめたのはお前だからこそできた所業だろう。そこら辺の節穴どもには無理な話だ」

「……自滅帝に関して、やけに詳しいんだな」

「強者以外の名前に興味がないだけだ。まぁ、そうでなくともアイツはネットでは有名人だからな」


 そう言って少女は階段を降りて会場を去ろうとする。


「待て、最後にひとつだけ聞かせてくれ。君の正体は──?」


 天竜の問いに、少女は振り返りもせず歩み出す。


「わたしは、ただのしがない将棋指しだよ」


 そんな意味深な言葉を告げて、少女はそのまま去っていった。


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