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第三十六話 渡辺真才≠自滅帝

 そう声を上げたのは東城だった。


 表彰式前の準備時間を休憩室で待機することになった俺達は、決勝戦についての感想を各々口にしていた。


 その中でも東城は何故か対局内容に納得がいっていないらしく、かなり不満な様子でずっとイライラしていた。


「えーと、確か東城先輩の相手は青薔薇赤利さん、でしたよね?」


 来崎の確認に東城はコクリと頷く。


「彼女は中央地区の代表で凱旋道場のエース。いわばこの県内で最強の座に就いているうちの一人なのよ? なのにアタシ……手加減されて勝ったんだけど!」


 わーお。マジか。


「あのー……アオイも多分手加減されてたっす……」


 えー……。


 確か葵の相手って鈴木哲郎県会長だったよな。やっぱり会長が勝って県大会にいくのは体裁的にまずいと思ったのだろうか。


 ということはもしかして……俺も手加減されてたのか?


「なんだ、二人ともそうだったのか!」

「部長はどうだったっすか? 相手は元研修会の古根大地っすよね?」

「うーむ……オレは特に手加減されている感じはなかったぞ! もっとも、それに気づけないほど巧妙な指し方をされていたのなら話は別だがな! ハッハッハ!」


 武林先輩は豪快に笑った。


「冗談言うなよ。俺たちは本気で相手をされていたぞ」

「ああ、手加減されているなんて微塵も感じなかった」


 佐久間兄弟が部屋の隅の方でそう反論する。


 確か隼人の相手が成田聖夜で、魁人の相手が舞蝶麗奈だったか。二人とも天竜と合わせて西地区の代表選手だ。実力で言えば明らかにトップクラスのそれだろう。


 つまり、西地区に関係している選手は本気で相手をして、そうじゃない選手は手加減したのか? ……いや、さすがにそれは飛躍した考えか。


「来崎、アンタはどうだったの?」

「私は……ずっと集中してたので……」


 来崎はずっとゾーンに入っていたし、指しての強弱を読み取れる余裕はなかったはずだ。


 まぁ、相手が手加減しようがしまいが、今の来崎を相手に結果が変わっていたとは思えないが。


「ま、まぁいいじゃないっすか! アオイたちは勝ったんです! 優勝ですよ優勝! まさか初めての団体戦で優勝できるなんて思わなかったっす!」

「そうだな! オレもお前達のような優秀な部員を持てて鼻が高いぞ!」


 確かに、手加減されていようとも優勝は優勝だ。そもそも向こうに勝つ意志がなければ決勝まで上がってこれないわけだし、わざわざ俺達のチームだけを県大会に出したいなんて思惑があったわけでもないだろう。


 仮に手加減されていたとしても、俺達が優勝した事実に変わりはない。


 それでも東城は手を抜かれていたことにかなりの不満を浮かべていたが、一旦は納得したようだった。


「それよりアオイはミカドっちのことの方が気になるっすよ! ミカドっちの相手はあの天竜一輝、西地区の王者っすよね! それに勝ったなんて凄くないっすか!?」

「はっ、どうせ手加減されてただけだろ」


 隼人が吐き捨てるようにそう言った。


「アンタは黙って」

「っ……」

「それで、実際のところどうだったの? 真才くん」

「俺は……分からない。でも負けそうだった。あのまま指していたら絶対に負けていた気がする」

「じゃあやっぱりミカドっちは手加減されずに勝ったってことっすか!」

「いや、そうとも言い切れない。最後はなんか余裕をもたれたまま投了されたし、あれがあの天竜一輝の本気だとは到底思えない。仮に東城さんや葵が手加減されていたというなら、俺がされていた可能性も十分あるとは思う」

「そっか……」


 そもそも彼らが俺達に対して手加減をしていたとして、それによってなんのメリットがあるんだ? まさか実力を見極めようとかそういうことか?


 まさかフィクションじゃあるまいし、そんな裏で何かが暗躍して~的な展開があるわけでもないだろう。


 まぁ、今はとにかくこの優勝を噛み締めるとするか。


 ※


「おつかれなのだー!」


 ドドン! という効果音がなりそうな感じで壇上に立った青薔薇赤利は、表彰のための後片付けをしている天竜へと駆けよる。


「聞いたぞ天竜! オマエ負けたらしいな! よくやったのだー! 天竜も凱旋の心得が持てたようでなにより──」

「いや、俺は手加減していない」

「……は?」


 天竜から放たれた衝撃の一言に、青薔薇の表情が変わった。


「確かに最初の方は様子見をしていた部分もあった。だが俺はそれでも、しっかりと勝つつもりで戦っていた。手加減は一切していない」

「……天竜、オマエ本気で言ってるのか?」

「ああ」


 天竜の言葉に青薔薇は瞳孔を細める。


 あの天竜が本気でないとはいえ、手加減せずに戦って負けたという事実。それは青薔薇にとってあまりにも衝撃的なものだった。


「人を比べるのはあまり好きじゃないが、今のお前と同格かそれ以上だと思うぞ?」

「…………おい、それは些か言いすぎだぞ」


 その言葉を聞いて、それまで天然で可愛らしかった青薔薇の雰囲気が一変する。


「赤利がどこの誰なのか、よく思い出した方がいい。凱旋の壁はたかが学生如きの力で越えられるものじゃない。赤利を倒せるアマチュアがいるとしたら、それはオマエと玖水棋士くなぎしの弟子だけだ」

「……」


 それは凱旋道場のエース、青薔薇赤利としての矜持とプライドなのだろう。


 全てにおいて無敗を貫くその道場では、本気を出して負けることは決して許されない。ゆえに青薔薇赤利はどの大会に出ても必要最小限の活躍にとどめ、必要たる場面以外でその力を真にして振るうことはなかった。


 今回の青薔薇の目的は琉帝道場及び銀譱道場を決勝までに潰し、県大会へ行かせないこと。元々銀譱委員会が主戦力として置いている銀譱道場は東地区にあるため、他の地区からも銀譱道場の面々が代表になってしまうと県大会で談合が行われる可能性があった。


 だから凱旋道場含む銀譱委員会の対立組織──『第十六議会』はそれを阻止するため水面下で独自に動き、銀譱委員会を陰から抑え込んでいた。


 そのため青薔薇自身は優勝することに一ミリも興味はなく、決勝までいけば適当に負けるよう指していたのだった。


 そんな青薔薇からしてみれば全ての存在は敵にすらなっていなかったのだが、今回天竜を負かしたという渡辺真才が自分を越えるという内容に、青薔薇は驚愕と疑念の感情を渦巻かせていた。


「青薔薇。あまり俺にばかり注目していると足元をすくわれるぞ」

「……覚えておくのだー!」


 青薔薇はいつもの可愛らしい雰囲気に戻り、トテトテと歩きながら壇上から降りて行った。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart13』


 名無しの74

 :ここ最近自滅帝みてなくね?


 名無しの75

 :なー。いつも休日は日夜問わず将棋戦争に入り浸ってたのに……


 名無しの76

 :スレチだったらスマン、なんか黄龍戦の団体戦で大物が負けたっぽくて他所で話題になってる


 名無しの77

 :大物って?


 名無しの78

 :>>77 天竜一輝


 名無しの79

 :>>78 え、天竜ってあの?今年のアマ棋戦で勝率9割とか越えてなかったっけ?


 名無しの80

 :>>78 うわーマジか。今年の黄龍団体戦は絶対天竜が全国優勝するもんだと思ってたのに、まさかの地区敗退かよ


 名無しの81

 :てかその天竜に勝った奴って誰だったん?


 名無しの82

 :渡辺真才わたなべみかどってやつらしいで、大将戦で天竜に勝ったっぽい


 名無しの83

 :>>82 誰それ?


 名無しの84

 :>>82 聞いたことねー


 名無しの85

 :真才→みかど→帝→自滅帝説


 名無しの86

 :>>85 こじつけ乙


 名無しの87

 :なんかめちゃくちゃな指し回しで勝ったらしい


 名無しの88

 :自滅帝とどっちが強いんだろ


 名無しの89

 :>>88 そら自滅帝やろ


 名無しの90

 :>>88 さすがに地区大会勝ったくらいで自滅帝と比べるのはNG


 名無しの91

 :>>88 俺達の自滅帝がそんなぽっと出の新人に負けるわけないやろ


 名無しの92

 :でも天竜一輝って仮にもアマトップ層やろ?もし将棋戦争やってたら九段クラスって言われてなかったっけ?それに勝ったならほぼ自滅帝クラスやん


 名無しの93

 :>>92 仮定の話をしてもな。実際に九段取ってる自滅帝と強豪に一回勝っただけの人間比べてもしゃーないやろ


 名無しの94

 :まぁでも個人的に天竜vs自滅帝の夢の対決は見てみたいな



 その後、西地区初優勝を飾った西ヶ崎高校の大将、渡辺真才が多くの者に注目され、天竜一輝と戦った時の棋譜が多くの有識者によって解剖された。


 真才が実戦で放った角打ちは常軌を逸するものであったため、一時はSNSで地区のトレンドに入るほど大きな話題を呼ぶことになっていた。


 また、真才の指し手が自滅帝の指し手に似ているのではないかと考察するものもおり、都市伝説のひとつとしてまことしやかに噂され始めるのだが、誰もその核心には至れずにいた。


 そしてついに大会が明けて月曜日となり、そんな大事になっていることなど全く知らない真才は、何の気なしに学校へと向かっていた。


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