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第四十一話 自滅流

 俺の行動か、行為か、それとも発言か。原因は様々あるだろうが、狼狽した葵がそこにはいた。


 正直なところ、少々やりすぎてしまった感は否めない。


「これで少しは盤上の勝負に集中できるだろう?」

「……っ」


 唇をかみしめた悔しい表情を浮かべる葵。してやられたと思ったのか、俺の方を睨み返した。


「何が……"盤上以外での交渉や駆け引きは苦手"だよ……ウソつき」

「覚えてないな」

「録音を聞き返しなよ」

「手厳しい回答だ。──なら、他にも嘘をついてるかもな?」

「っ……」


 明確な動揺、警戒、慎重。──これで葵は下手な番外戦術を仕掛けられなくなる。


 ここまでのシナリオは最悪の形となって葵の脳裏に刻まれたはずだ。下手な手は見透かされ、抜け穴を突くといった盤上外での行為を行うとカウンターを喰らう。そう学習したはずだ。


 だから、葵の次の一言は──。


「……い、いいよ、分かった。相手してあげる」


 紆余曲折の過程を経て、ようやくこちらの土俵に上がらせた。


 狂気に色は存在しないが、正気に色は存在する。いくつも重ねすぎて真っ黒になってしまってからでは、理知的な策など通るはずもない。


 窮鼠猫を噛む、それは俺に限った話ではないだろう。


 葵だって追い詰められれば何をするか分からない。完全に勝ち目を潰してしまうやり方は、互いにとって良い結果を残さない。


 だから常に勝ち筋は残す。俺がやるべきは逃げ道を塞ぐだけ。その後は純粋な棋力勝負だ。


 何事も仕留める時は一瞬でなければならない。そのための盤上での決着は、双方にとってある程度のプライドがかかっている。


 葵の勝ち方は簡単だ。ちゃぶ台返しのように、盤上をひっくり返してしまえばいい。物理での解決とは何ともまぁ脳筋だが。


 しかし、葵にはそれができない。そして俺にもできない。


 ──それは、互いに将棋に対してのプライドがあるから。


 盤上への生粋の情熱。何千何万回と指してきたその指の感触は、どれだけ色褪せても絶対に記憶からは抜け出さない。


 将棋のためにここまでしてきたんだ。将棋のためじゃなければ、葵はそもそもこんな手法を取っていないだろう。


 だから、将棋だけは裏切れない。


 まぁ、元より盤上をひっくり返すような奴が相手であるならば、俺はこんな回りくどい策など講じず真正面から叩き潰している。


 それに、俺の姿が葵からどう見えているのかは分からないが、俺は別に葵に対してさほど怒っていない。


 前にも言ったが、悪意がないからだ。


 葵の行為が客観的にどう見えているかは知らないが、俺自身はそれを悪意だとは感じ取っていない。


 東城や来崎だったら怒るだろう。だが俺はまだ失望の色を示していない。


 本心は盤上これで聞く。


「私が将棋で勝てば、それで簡単に解決するってことだよね」

「そうだな、実に単純明快な勝負だ」

「──分かったよ。じゃあ、覚悟してね」


 決意を決めたのか、葵はついに手を指し始めた。


 俺はその手に応じるようにノータイムで指し返す。いや、ノータイムで指し返さなければならない。何せ時間は10秒しかないのだから。


 葵は俺の手に呼応するように早めに飛車先を突き越すと、居飛車と見せて上空に飛車を飛ばした。


「浮き飛車……?」

「今に分かるよ」


 葵はクスっと微笑んで端を突くと、角を上がって形を形成する。


 序盤から大駒を動かし、他では見られない異形さを醸し出す。


 その中でも葵の取った手法は、俺の意表を突くには十分すぎる戦法だった。


「──アヒルか」


 葵が使った戦法はアヒル。通称『アヒル囲い』。大駒の捌きを大胆に行って戦う一種の奇襲戦法だ。


 かなり古くから存在するこの戦法は、アマチュアでこそ指される機会はあるものの、プロでは全くと言っていいほど指されない。


 何故かと言えば、簡単だ。この手の奇襲戦法は相手に正しく受けられるとそこで終わる。


 そもそもとして、奇襲戦法と言うのは相手が受け方を知らない、いわば初見殺しという意味で初めて効力を発揮する。


 つまり、通用するのはあくまでも初心者から中級者帯に限った話である。将棋を指し慣れている者からすれば奇襲戦法ほどありがたいエサはない。


 だが──。


「B級戦法だって思ってる? 甘いね」


 葵はある程度攻めの形を作ると、王様を左側に囲い始めた。


 戦法は類似しているが、囲いはアヒル囲いではない。形的にはAIが好んで指すような『elmoエルモ囲い』に近い駒組を行っている。


「アヒルは鬼殺しや端角中飛車と違って高難易度な攻めが要求される。真似するのは級位者でも出来るけど、細い攻めを繋ぐのは二段や三段でもほとんど不可能なんだよ」


 そう、結局どの戦法であっても強さを発揮するのは使う者の棋力次第だ。


 葵は形こそアヒルだったが、駒組は全くと言っていいほど別物。角道を開け、7筋を牽制する準備を整え、両端の桂を飛んで中央の殺到も狙う。


 それはよく見るB級戦法としてのアヒルではなかった。


「なるほど、これは想像よりずっとトリッキーな指し回しだ」

「読むことが多いでしょ? 果たして10秒で対応できるかな?」


 葵の攻めはひとつに限定せず、常に挟撃の構えを取ってBメン攻撃を仕掛けている。


 制限時間が10秒しかない俺にとっては、この膨大な数の攻めをいっぺんに読み切ることはできない。


 葵はその辺りも織り込んでこの戦法を選んだのか。


「──面白い」


 俺は小さくそう呟くと、自ら囲うはずだった王様をその手に掴んだ──。


 ※


『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart21』


 名無しの428

 :今日の昼頃、将棋戦争に自滅帝出現してたよ

  これがその時の棋譜

  https://koreha/usono-saitodayo/shogi-sensou.zimetu-vs-kyougouAsan19


 名無しの429

 :>>428 えぐい勝ち方してるー!


 名無しの430

 :>>428 ??? な、なんやこれ……?


 名無しの431

 :>>428 玉突進してて草


 名無しの432

 :>>428 空 中 楼 閣 


 名無しの433

 :>>428 ありえないだろこんな指し方


 名無しの434

 :>>428 なぁにこれぇ


 名無しの435

 :>>428 指し回し怖すぎて草


 名無しの436

 :>>428 やってる側もやられる側も恐怖だろこれ


 名無しの437

 :>>428 これ何やってんの?なんで王様こんな中段にいんの?


 名無しの438

 :>>437 空中楼閣みたいな感じやろ、中段玉は寄せにくしの理論でわざと玉を前に出してる


 名無しの439

 :確かにやられて嫌ではあるが、これやるの怖すぎてムリだろ。命綱のない鉄骨渡りみたいなもんやで


 名無しの440

 :いやでも考えたなこれ。自滅帝って棋力でぶん殴るタイプだから、読み合いに持ち込める中段玉は天職の戦法かもしれん


 名無しの441

 :>>440 え?天職?自滅帝これ以上強くなるってマジ?


 名無しの442

 :>>440 草枯れる


 名無しの443

 :帝ちゃんこれ以上強くなってどうするのw


 名無しの444

 :こんなんされたら泣いて逃げるしかないやん……


 名無しの445

 :この自分から自滅しに行って勝ちを捥ぎ取るの、自滅帝らしくて好き


 名無しの446

 :どこまで強くなれば気が済むのこの怪物


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