「おい、みろよあれ。学生チームが決勝に残ってるぞ」
「……マジじゃん。てかあれって東城美香じゃね? 大将じゃないんだな」
「そもそも大将の男って誰? 見たことある?」
「さぁ? 知らねー」
決勝まで進んだ俺達を見て、観戦者達はざわつき始めていた。
始まった頃のピリピリとしていた空気はいつの間にか霧散し、息を呑む緊張の空気が会場内を包み込んでいる。
「……なんだか緊張してきたわ」
「東城さんでも緊張することあるんだ」
「そりゃあ、相手が相手だからね」
「相手……?」
「あー、真才くんはまだ見てないんだ。決勝戦の相手、相当ヤバいのよ」
「マジか……」
あの東城が顔を強張らせるくらいだ。相当強い相手なのだろう。
「渡辺君、ここまでよく頑張ってきたな。君は大将として立派に活躍していたぞ」
「ありがとうございます。でも、褒めて頂くのは勝ってからにしましょう」
「あぁ、もちろんだ……!」
「ところで来崎は……」
ふと来崎の方を見ると、立っているだけなのに凄まじい集中力を放っていた。なんかバチバチと紫電が駆け巡ってるようなオーラが見える。幻覚か。
「……今は話しかけない方が良さそうかな」
ともあれ、来崎の覚醒は続いている。このままいけば確実に1勝は捥ぎ取れるだろう。
東城もさっきの試合は落としてしまったが、調子自体に問題はない。彼女の棋力なら例え決勝の相手でも安定して勝てるはずだ。
そして葵と武林先輩はここまでずっと無敗だ。今まで目を向けていなかったが、あの銀譱道場にも勝利している。……もしや、二人とも俺と指した時は全力じゃなかったな? 練習と大会で棋力差が違い過ぎるぞ。
しかし、これで俺達のチームは最低でも4人は高い勝率を叩き出せることになる。
それに、佐久間兄弟も勝敗そのものは多少遅れ気味になってはいるが、勝負の内容自体はどれも惜敗の状態だったらしい。
そして、ここまで全敗した者は誰一人としていない。
少なくとも西ヶ崎高校の将棋部は相当強い、まさしく強豪メンバーと言えるだろう。
「さぁ、決勝の相手様のご登場だぞ……!」
武林先輩が猛獣に立ち向かうような狂気の笑みを浮かべると、休憩室から出てきた決勝戦の相手が会場入りする。
「えっ」
そのメンバーを前にした俺は、思わず驚きの声を上げてしまった。何人かは知っている有名人だったのだ。
一番先頭を悠々と歩く目立ちたがりの男に、武林先輩は解説を入れる。
「彼は
その古根大地の後ろを歩くのは、ポケットに手を入れた気さくそうな男。
「あれは
……マジかよ。
「その後ろを歩いている褐色の小さな女の子は
「強いんですか?」
「強いなんてレベルじゃない。彼女は凱旋道場と呼ばれる無敗を矜持とする道場のエースだ。そういえば今年のアマ名人戦では県代表だったな。正直言ってこの大会には道楽で来たとしか思えん」
武林先輩が引きつった笑いを浮かべながらそう語る。
……え? ちょっとまって。え? 今3人目だよね? メンバー濃すぎない?
「その後ろにいるのは……説明する必要ないな」
「待ってください、あの二人って……」
「ああ、──
「今朝挨拶してた会長と副会長ですよね!? 大会に参加していいんですか!?」
「ルール上はOKだ。アマチュアであれば誰でも参加できる大会だからな」
ま、マジで言ってるのか。てか会長と副会長が現役将棋指しなのかよ……。
「そしてその後ろにいる中学生くらいの女の子が、西地区の悪魔と呼ばれた生粋のオールラウンダー、副将の
「オールラウンダー……」
将棋を指している者なら誰もが憧れる才能の資質──オールラウンダー。全ての戦法を自在に扱える天才であり、弱点が一切ない最悪中の最悪と言われている存在だ。
「そして最後、一番後ろにいる男が
「……!」
俺はその男、天竜を見た瞬間にハッとした。
そうだ、思い出した。黄龍戦で名を刻んだ男。ボロボロだった西地区を強豪地区にまで押し上げた伝説のアマチュア将棋指し。
天竜一輝……確かそんな名前だった。ネットに引きこもっていた俺でも知ってる大物界の大物じゃないか!
「……計7名、地獄みたいな相手だな」
「は、ははは……」
こりゃ東城でも自信無くすわけだ。相手は全員格上の中の格上、勝てる勝てない以前に、勝負になるかすら怪しい。
そんなチームを相手に決勝戦か、最後の相手に相応しいと言えばそうなのかもしれないが、これはあまりにもレジェンドメンバー過ぎる。
「というかチーム名……『チームフナっこ』ってなんすか……」
葵がジト目で彼らを睨む。
……本当だ。チーム名見たら『チームフナっこ』って書いてある。メンバーの実績に対してどんだけ軽いネーミングしてるんだ。
だが、そんな事を気にもしていないかの如く会場入りしてきたチームフナっこのメンバーは、各々が余裕の表情を持って俺達の前の席に着いていく。
「さて、俺の相手は……渡辺真才……君か、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
俺の前に座ったのはもちろん相手チームのエース、天竜一輝。
見た目は俺より少し年上の20歳くらいだろうか。正直パッとしない容姿と普通の顔付き、そしてどこにでもいそうな青年だ。
だが、雰囲気がまるで違う。他とは桁違いの何か、強大な何かを包み隠している感じがする。
なんだろう、この感覚。対峙しているだけで寒気がする──。
「──不思議だ。君からは俺と似たような雰囲気を感じるよ」
「……」
天竜はまるで俺の実力を見切ったような目を向けた後、ゆっくりとした手付きで駒を並べる。
「役不足ね、師匠」
すると、天竜の隣に座っていた副将の少女──麗奈が口を開いた。
「どうだかな。戦ってみなきゃ分からない」
「そう? 私にはそんな強そうには……いや、勘違いだったわ」
麗奈は俺の目を覗き込むと、何かに気づいたようなそぶりを見せて視線を切った。
何なんだコイツら……目を見ただけで人の情報読み取れるのかよ。それプライバシーの侵害だぞ。
「……おい、こっちに集中してもらいたいな」
麗奈が俺に反応したことが気に食わなかったのか、魁人が鋭い視線で麗奈を睨みつける。
「あら、ごめんなさい。まだ始まっていないものだから、少しよそ見をしたくてね」
「もう勝った気でいるのか? 傲慢な餓鬼だな」
「言うじゃない。これでも私、今期のアマ公式戦で一度も敗北したことないのだけど、──アンタに私を倒せる?」
「抜かせ……!」
麗奈と魁人はバチバチの火花を散らして睨み合い、俺の隣は始まる前から暑苦しい熱量が発せられていた。
「さて、俺達も始めようか」
天竜の言葉に俺はコクリと頷く。
振られた駒が宙を舞う。運命を決める最初の駒達が宙を舞う。転がり落ちる5枚の歩はカラカラと音を立てて盤上を飛び回った。
歩はすべて裏返り、5枚の『と金』となって先後が決まった。
「……まさか全部裏返るとはね。じゃあ、俺が先手か」
天竜はそう告げて転がった歩を回収する。
後手となった俺は対局時計の位置を好きに決められるので、利き手である右の方に時計を置いた。
「じゃあ、始めるよ──」
天竜のその合図とともに、この場にいる全員が息を呑んだ。
「「お願いします」」
西地区黄龍戦の団体戦・決勝。──ついに頂上決戦が幕を開けた。