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第二十話 伝説の始まり

 物凄い剣幕で東城を問い詰めていく背の小さい少女。


 ここに来たということは間違いなく大会出場者。そしてさきほど東城が言いかけていたが、この子が来崎か。


 東城を先輩呼びしていることを考えれば来崎はひとつ下の一年生となる。

 しかし遠目から見たら分からなかったが、この子の背は随分と小さいな。小学生ほどじゃないが、中学生と見間違えるほどだ。


「東城先輩? 聞いてますか!?」

「はいはい聞いてるわよ。アンタがそれだけテンション高くなってるなんて何年ぶりかしら」


 そんなになのかよ。じゃあ普段はクールキャラってことなのか?


 確かに目元が少しキリッとしている気がする。東城は雰囲気や佇まいからクールっぽさが漂っていたが、来崎は表情からクール系って感じがするな。


「早く答えてください! 自滅帝とはどうやってフレンドに……いや、どうやって関わったんですか!?」

「あー、うーん、自滅帝のことね……」


 東城は困ったような表情でこちらに目線を配る。


 性格上嘘をつくのもはばかられるのか、助けてほしそうだ。


 俺としては別に自滅帝を隠す気はない、バラす気もないが。


 将棋部に入った際、武林先輩に質問された時に将棋戦争をやっていると正直に答えたし、段位を聞かれた時も九段だとしっかり答えている。


 自分から自滅帝だと言いふらすことはないが、お前は自滅帝なのかと問われればイエスと答えるつもりだ。


 俺は東城の目線にコクリとうなずいた。


「あー……来崎、自滅帝に会いたい?」

「当然です!! どこにいるんです? 東京? 大阪? 名古屋? まさか海外ですか? いいですよ、行って帰ってくるくらいの持ち合わせはありますから……!」

「そっかぁ……」


 鼻息を荒げながら東城の質問に過剰返答する来崎。


 そんな来崎を受け流すように東城は手のひらを俺の方に向けると、目を瞑りながらこちらを指名してきた。


「えー……それではご紹介します。この方はアタシと同じクラスメイトの渡辺真才くんといいます」


 東城は敬語でそう告げた。


「……? あ、はい? えーと、初めまして、よろしくお願いします?」

「う、うん。よろしく……」


 来崎は流れるがままに俺と挨拶を交わす。


 そして僅かな沈黙をおいたあと、東城の方へ向き直って攻め立てた。


「……で、自滅帝はどこにいるんですか!?」

「うん、いやだから、この人なのよ」


 東城は再び俺の方へ手のひらを向けた。


「……はい?」


 来崎は混乱した様子で俺と東城を交互に視線を向けた。


 俺は何と言えばいいか分からなかったので、とりあえず来崎に向かって軽く会釈をした。さっき挨拶したばかりなのに。


 それを見てハッとした来崎は、再度確認作業に入る。


「……え? え?」


 そして数瞬後、事態を察したかのように目を見開くと、全身をブルブルと震わせながら聞いてきた。


「……こ、この人が、自滅帝……???」


 俺と東城はコクリとうなずいた。


「偽物じゃなくて……?」


 俺と東城はコクリとうなずいた。


「ドッキリとかじゃなくて……?」


 俺と東城はコクリとうなずいた。


「う、うそ……っ」


 東城はすかさず俺のスマホを奪い取ると、将棋戦争のマイページを開いて俺が自滅帝本人である証拠を無言で見せた。


「ヒュッ──」


 来崎は声にならない声を上げて愕然と硬直してしまった。


 いや、東城の時もそうだけど、みんな自滅帝に過剰反応しすぎでは……。俺はただの陰キャ高校生だぞ……。


「ほ、ほほほんもの……っ?」


 固まった体をギギギ……と動かしながらこちらを向く来崎。


 さっきの挨拶では俺のことなんて眼中にも留めていなかったのに、いざ俺が自滅帝だと知ったら物凄い勢いで飛び掛かってきた。


「お、おおおおおあいしたかったですぅ……っ!! 自滅帝っ! いや、自滅帝様ぁ~~……!!」

「お、おう……」


 両手を俺に向けてばっさばっさと上下させる来崎。


 何の儀式だこれは。


「まさかあの自滅帝が高校生だったとは……!! しかも同じ高校に通っていただなんて一生の不覚です……!! こんなことなら毎日学校に通ってもっと早くに知り合っていればよかった……!!」


 うん、毎日学校に通う。それ、普通のことなんだけどな。


 陰キャの俺ですら毎日通ってるんだからもうちょい頑張ろうよ来崎。


 ていうか今凄い大物感演出されてるけど、よくよく考えたら俺ただの陰キャじゃねぇか。


「な、なんかごめんね。自滅帝の正体がこんな陰キャで……」

「何を言ってるんです! 憧れる相手に顔も容姿も関係ありません! 私は貴方の指し手に惚れたのですから、貴方が日常でどう扱われていようとこの憧れが消えることはありません! サインください!」


 いや、だからサインは書けないっての!!

 東城の時もそうだったが、なぜみんな流れるようにサインを求めるんだ。将棋界では日常なのか?


「さ、サインは書けないけどフレンドにならなってもいいよ」


 俺は東城に言った言葉をそのままトレースして来崎にも告げる。


 すると来崎は自分のスマホを俺に提示して静かに顔を天に向けた。


「自滅帝と……むすばれ、た…………」


 来崎はそのまま空へと昇天していったのだった。


「ん? あれ? このアカウントって……」


 俺は来崎のスマホを見てフレンド登録しようとしたところ、見覚えのあるアカウント名が目に入った。


 ──『将棋系Youtuber_ライカ』。来崎のマイページにはそう書かれていた。


「あ、申し遅れました! 私は来崎夏、ライカって名前でYoutuberをやってます!」

「……マジか」


 世界とは何とも狭いことか、まさかあの来崎がライカ本人だったとは。


 なるほど、来崎夏から取って来夏ライカということか。


「と、登録完了しました! ありがとうございます自滅帝……じゃなくて、えーと、真才先輩! こうして関わり合えるなんて夢みたいです……!」

「あはは、俺はそんな大層な人物じゃないよ。……でも、そう言ってくれてありがとう」


 面と向かって褒められたことがないから、こうして素直な好意を向けられるとなんだか照れるな。


「お、早いな三人とも!」

「せんぱ~いっ!!」


 そんなことを話していると、遠くから武林先輩たちの声が聞こえてきた。


 武林先輩は部長としての仕事があるのか、遠足にでも行くのかと思うほど大きなバッグを背負っている。


 対する葵は小さなポシェットひとつ提げてるだけで、コンビニでも行くのかと思うほど軽装だ。


 そして佐久間兄弟は相変わらず余裕な表情で闊歩している。


「来たわね」


 東城が武林先輩たちの方を向いてそう呟く。


 どうやらこれで全員集合したみたいだ。


「皆、今日までよく頑張ってきた! だがここからは戦場、チーム一丸となって戦う本番の舞台だ。各々準備はできているか?」


 武林先輩の言葉に、全員が口角をあげる。


「……よし、ではここにいる皆で優勝しにいこうではないか!」


 武林先輩が高らかに宣言し、俺達は気合を入れて会場へと乗り込んでいった。


 ※


 真才達が会場へ入ってから十数分後、他の選手達が続々と会場前に集っていき、大会前の準備を整えていた。


「なぁ、聞いたか? 今年は西ヶ崎高校が出るみたいだぞ」

「西ヶ崎? どこだそれ?」

「ほら、東城美香や来崎夏が在籍してる高校だよ」

「あぁ、そう言えばそんなところもあったな」


 それを聞いた選手の一人は大して驚くことも怯むこともなく、相手にならないと言った表情で啖呵を切った。


「言っても今回の団体戦は7人制だ。二人がいくら強くても勝ち星で負ければ意味がない。それに来崎なんて古い名前出すなよ、アイツは所詮『無冠の女王』だろ? 勝利をプレゼントしてくれるいい相手じゃねぇか」

「まっ、そうだな。厄介なのは東城美香くらいか」


 選手達はゲラゲラと笑って二人の存在を下に見ていた。


 実際、西ヶ崎高校はそれなりの強豪校ではある。


 しかしそれは、西地区に存在する学校に限った話だ。西地区に存在するすべてのアマチュアを指しているわけではない。


 西地区には強豪を育てるための道場がいくつも開かれており、今回の黄龍戦はその道場の門下生達が徒党を組んで挑戦しにきている。


 いわばこれは西地区の最強決定戦。たったひとつの高校が誰かの眼中に入るほど生易しい大会ではなかった。


「そういや大将は聞いたことない名前だな。渡辺……なんて読むんだこれ? しんさい?」

「どうせ当て馬か何かだろう。そうでもしないと俺らみたいな現役の門下生相手に勝てるわけないからな」

「はははっ、確かにな」


 笑い飛ばす一同。


 所詮は一介のアマチュア風情。本物の強者であれば東城や来崎のように必ず名前が広まっていくもの。


 しかし、その男の名前はどの道場に所属している者ですら聞いたことのない名前だった。


 つまりその男は、大会を優勝した経歴もなければ大会で大物を倒した実績もない完全な無名。いわばただの初心者である。


 そうなればおのずと導かれる答えはたったひとつ。きっとその男は当て馬にされたのだ。かわいそうに。少しでも勝ち星を広げらるようチームの囮にされるとは。


 しかし、そんな男がこの大会の圧倒的なイレギュラーとなることを、この時の彼らは知る由もなかった。


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