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第十九話 自滅帝、ついに大会を迎える

 西ヶ崎高校将棋部の初となる団体戦。その大事な一戦を控えた金曜日の朝に、全校集会で俺の名前は呼ばれた。


 呼ばれた、と言っても主役じゃない。将棋部の面々がこの西ヶ崎高校を代表して出場するため、メンバーの名前が順に呼ばれていっただけだ。


 先鋒から順に呼ばれていく名前、誰もがエースである東城こそ大将をやるものだと思っていたわけだが、その大将のときに名前を呼ばれたのは俺だった。


「ねぇ、渡辺って誰?」

「さぁ……?」

「てかあんな奴うちの学年にいたっけ?」


 懐疑の声が全校生徒の中からざわざわと木霊する。


 誰だコイツは? いつの間に将棋部に入ったんだ? そしてなんで東城が大将じゃないんだ?


 そんな疑問も数秒と経てば彼らの頭の中で解決に至る。


 そうか、主戦力である東城を先鋒に置いて、大将を囮にするわけだな、と……。


 まぁ、当然の結論だった。


 突然無名の選手が大将役を任され、それまでエースだった東城が先鋒役を任されたとなれば、おのずと導かれる答えは逆張り戦術に他ならない。


 弱い者を順に上から振り分けていったのだろうと、大半の生徒はそう認識していた。


 そして全校集会が終わった後、俺は教室へ向かう廊下で東城が誰かと会話しているのを見つける。


「聞いたよ東城さん! あの渡辺を大将に指名したのは東城さんだって!」

「東城さんも結構腹黒いところあるんだね! ウチあれ聞いたとき思わず笑っちゃったよ!」


 目を凝らしてよく見てみると、東城と話しているのはよく一緒にいる取り巻き、東城と同じカースト上位の女子生徒だった。


「何の話?」


 東城は彼女達の言っている意味が分からず、真顔で聞き返していた。


「え? いや、だから渡辺を大将にしたのは囮のためでしょ? 学校の名を背負った大事な一戦だし、東城さんが負けるわけにはいかないもんね」

「うんうん! 一人を囮にして勝ちに行く作戦、ウチは凄いと思う! やっぱり東城さん頭いいな~って思ったよ!」


 なんだ、ただの俺の悪口か。いつものことだ、聞かなかったことにしよう。


 そう思い、俺は他の生徒に混じって顔を隠しながら通り過ぎようとした時だった。


「アンタたち、喧嘩売ってるの?」


 東城の怒気を含んだ声色が聞こえてきた。


「えっ……?」

「東城さん……?」


 驚いて目を見開く二人に、東城は真剣な顔で言い返す。


「アタシが彼を大将に指名したのは、彼が大将に相応しい実力を持っていたからよ」

「え……?」


 いつもと声色の違う東城に、二人の女子生徒は不安げな表情を浮かべた。


「で、でも渡辺ってつい最近まで帰宅部だったよね? 将棋なんて出来るの?」

「そ、そうそう! それに渡辺って対して頭良くないじゃん、初心者だよ」

「……はぁ、先日の自分を見ているみたいで最悪な気分ね……」


 東城はそう小さく呟くと、二人に向けて真実を口にした。


「アタシ、彼に一度も勝ったことないから」

「え……?」

「じょ、冗談だよね?」

「アタシが冗談言ったことなんてある?」


 二人の女子生徒は東城の予想外の回答に言葉を失う。


「あ、あんな奴が……」

「あ、あはは……東城さん絶対手加減したでしょ? そういうことだよね? だって相手はあの渡辺だよ? 東城さんに敵うわけないって」

「そ、そうだよね。あははっ……」


 まさかあの陰キャが、文武両道の天才と謳われた東城をずっと負かしているなんて信じられない。

 そんな表情が二人から見て取れた。


「憶測で他人を卑下している暇があるなら、少しでも彼に追いつけるよう勉強したらどう?」

「な、なにいって……」

「今回の期末テストの順位、真才くんは6位よ。アンタたち二人とも二桁台よね? どの面下げて彼のことを頭が悪いなんて侮辱しているのかしら」


 東城がそう凄むと、取り巻きの女子生徒たちはこれ以上何も言えなくなり、すごすごと教室の中へと戻っていく。


 その後ろ姿を見送った東城は、陰で盗み聞きしている俺にウィンクして自分も教室へと戻っていった。


「……」


 なんだか、気を使わせちゃったな……。


 ※


 週末の学校が終わり、それからついに2日が経過した。


 天気は絶好の日本晴れ。

 調子は万全。準備は万端。いよいよもって大会の日が訪れた。


 既定の時刻に現地集合と言われたものの、大会への出場が初めての俺は遅刻しないよう早めに家を出た。


 そのせいもあってか、予定時刻より30分前についてしまったのだ。


「だ、だれもいない……」


 会場はまだ開いておらず、ふと周りを見渡せば関係者の人達が裏口から入って準備をしている段階だった。


 さて、どうやって暇をつぶそうか。将棋戦争をやりたいところだけど、大会前に力を消耗させて本末転倒になることだけは避けたい。


 今91連勝中で100連勝まであと少しだけど、ここは我慢だ……。


 そんな事を考えていると、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「あら、真才くんじゃない。おはよう」

「あ、東城さん、おはよう」


 助かった。このまま一人で30分過ごさずに済んだ……。


「かなり早いわね、初めての大会でうきうきしちゃった?」

「ま、まぁ、そんなところかな……」


 東城は俺の隣に来て、スマホを何度も確認しながら心配そうな顔を浮かべていた。


 どうやら誰かと連絡を取っているみたいだ。


「……ねぇ、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「?」


 東城はスマホから視線をそらさずに俺に尋ねた。


「なんで将棋部に入ろうと思ったの?」


 そうして尋ねられた質問は、意外にも俺の核心を突いたものだった。


「……」

「ずっと疑問だったのよ、真才くんが自滅帝だって知った時から。それだけの強さを持っているのに、なんでわざわざこの部に入ったんだろうなって」


 東城の質問に俺は顔を俯かせた。


「……理由は、あるよ」


 そう、俺にはこの部に入る理由があった。

 別に西ヶ崎高校の将棋部だからというわけではない。大会に出場できるのであればどこの学校の部活でも良かった。


 俺には"約束"がある。それを果たすために今はこの部を利用しているに過ぎない。


「よかったら、教えてくれる?」


 そこで東城はスマホを見るのをやめてこちらを向いた。


 本当はあまり他人に言いたくはないけど、東城になら話しても平気な気がした。


「……ある人に会いたいからかな」

「……ある人?」


 東城は俺の言ったワードに眉を寄せて反応した。


「有名人だよ、とってもね」

「自滅帝より?」

「もちろん」


 俺がそう答えると、東城は再び考え込んだ様子を見せる。


「プロ棋士の誰かかしら……」

「あははっ、もしかしたらプロ棋士より凄い人かもね」

「ええっ……?」


 俺のヒントを聞いて、東城が困惑した顔を見せる。


 残念ながらその人はプロ棋士ではない。もっとも、その人に比べたらプロ棋士ですら劣って見えるレベルだが。


「俺はその人に会うために……いや、倒すためにこの部活に入ったんだ。身勝手な理由だけどね。こうすることでしか今は"約束"を果たせないから」

「その人は今回の大会に出てくるの?」

「さぁ、どうだろうね」


 俺は曖昧な回答をしてそれ以上は口にしなかった。


「ふーん……真才くんがそこまで誰かに執着するなんてね。アタシもその人が誰なのか興味が湧いてきちゃったわ」


 東城は口元に手をあてながら、俺が言った人物を推理している様子を見せる。


 まぁ、推測はいくらでもしてもらって構わない。どうせいずれ戦うことになるのだから。


 そんな会話を俺と東城がしていると、一人の見知らぬ少女がバスから降りて走ってきた。


「……来たわね」

「?? 東城さんの知り合い?」


 何を急いでいるのか、全速力で走ってきた少女は東城の顔を見るなり物凄い勢いで迫ってきた。


 そして、日曜の朝7時にするようなものではない迫真の顔で東城を問いただした。


「おはよう、来崎──」

「ど、どどどどうやって自滅帝とフレンドになったんですか!? 金ですか!? 賄賂ですか!? それとも体売ったんですか!? 見損ないましたよ東城先輩!! 私にも紹介してください! 一生のお願いですから!! この通りですから!!」


 おお、こりゃ凄いな。俺の正体バレるまで秒読みじゃん。


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