『ここを……こうっ! うっし、即死コンボぉ!!』
「あ、あぅ。また負けちゃいました……」
『ぐはは、どうしたひなちゃん! 私の家でプレイしてた時の勢いが無いぞ!!』
どうしよう、全く集中できない。
薫さんの太ももの上に乗ってプレイするのも大概なんじゃないか、なんて思う人もいるかもしれないけれど。当然その時だって緊張しているし、ドギマギしてしまう瞬間も多い。不意のボディタッチをされた時なんかは特に、だ。
けど実はこうやってヘッドセットを使いオンライン通信をしている時の方が、ヤバい。ただでさえ耳は弱いのに……。高音質なせいで薫さんの小さな息遣いやふとした台詞が耳に直接届くせいで、もう脳みそがオーバーヒートしかけてる。
(薫しゃんの声、しゅきぃ♡)
気づけばメロメロになってしまっていた私は、もうスマファザどころではなくて。あっという間に五連敗を決めてしまうと薫さんも何か勘づいてしまったらしく。
『さてはひなちゃん、何か集中できていない理由があるなぁ?』
「へえっ!? き、気のせいですよ!」
『い〜や、明らかに操作がおぼつかない感じしてるもん。何があったのか話してみんさい!』
なんて、言われてしまう始末。
言えるわけがない。薫さんの声にドキドキしてしまって全く集中できませんなんて。もうさっきから脳みそをくちゅくちゅかき混ぜられてるみたいな気持ちよさの中にいて、薫さん好き好きホルモンが止まりませんなんて。
けど、私なんかが薫さんに秘密を隠し通せるはずもなく。本当に何もないですと返してみたものの、『ほほ〜う? 本当かにゃあ』と。ニヤニヤしたいつもの小悪魔さんのような表情を浮かべて。
何かを思いついたかのように────
『ふ〜〜〜〜っ♡』
「はひゃぁ!? う゛っ、ん゛んっ!!」
『へへっ、やっぱりだ。ひなちゃん耳弱いんだろ。だからヘッドセットから声がする感覚に慣れなくていつもの力が出せないんだな』
「う、あうぅ……」
『へへっ、弱点ゲットだぜ。耳が弱いなんて可愛いのう!』
ヘッドセットに付いたマイクに口をゼロ距離まで近づけての超絶近距離吐息。その破壊力にまた快楽が身体を突き抜け、視界がクラクラし始める。
バレてしまった。いや……正確には全部バレたわけじゃないけど。
耳が弱いということ自体はバレてしまったけれど、まだ″薫さんの声に″という部分はバレていない。耳が弱いとはいえ多分薫さん以外ならこうはならないはず。けど薫さんはそのことを知らないし、気づいていない。……多分。
「や、やめて……くださひっ♡ 本当に弱いんですかりゃぁ……」
『あっはは、ごめんごめん。でもまさか息吹きかけるだけであんなになっちゃうなんてなぁ。私の部屋で次は直接やっていいか?』
「だ、ダメ! 本っ当にダメです!! そんななされたら私、多分めちゃくちゃになっちゃいますから……っ!!」
『えぇ〜? ったく、仕方ないなぁ。ま、今日はとりあえずこれくらいで通信終わろっか。私そろそろブルーライト浴びすぎて目がしょぼしょぼだわ』
「そ、そうですね。私もちょっと疲れちゃいましたし。また明日、やりましょう」
よ、よかった。薫さんのことだから追撃してきかねないと思ったけれど、大丈夫みたい。
確かにもう今日は五時間以上液晶画面と向き合ってる。いくら薫さんでも疲れてしまって当然だ。
『ふぁ〜あ。お風呂入ってしばらくごろごろしたら寝るとするかぁ。ひなちゃんもあまり夜更かしし過ぎないようにな? マジ一瞬で目悪くなるから』
「き、気をつけます。それじゃあその……お休みなさい」
『ん』
そうして、会話が終わり。ビデオ機能がオフになると、薫さんからの声が消える。
固定電話の受話器のように通話を切る時大きな音が鳴ってしまうことはないけれど。こちらから切るのはあれだし、薫さんが切ってくれるのを待とう。
薫さんの名前だけが表示された淡白な画面を眺め、そう考えて。もう言葉が帰ってくることはないだろうし、とりあえずヘッドセットを外そうかと。イヤホンジャックに手を触れた、その瞬間────
『お•や•す•みっ』
「ぴっ────!?」
ビクンッ。不意な囁きに身体が大きく跳ねる。
「あ、あひゅ……っ♡」
それは言わば、トドメの一撃。これまでの囁きにギリギリ寸んでのところで耐えていた頭が緩み切った瞬間の一撃は、私にクリティカルヒットして。
「それはズルい……れすぅっ♡♡」
私はまるで気絶するかのようにぷらーんと手を下ろしたまま。つー、つーっ、と通話が切れたことを示す音が鳴り響く中、椅子の上で数分間。囁きの麻薬によって身体が小さく痙攣し、完全に機能停止をしてしまったのだった。