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第227話 耳から摂取する幸せ2

『お〜、ひなちゃんの寝巻き可愛い! クソッ、電話越しじゃなかったらすぐにもふもふするのに!!』


「か、薫さんも可愛いです! ジャージ姿、よく似合ってます!」


 青と黒の色合いで作られたそのジャージは、おそらく薫さんが中学で実際に着ていたものなのだろう。


 左胸には「在原」と文字が縫われており、そしてサイズが合っていないのか。少し窮屈そうに主張するたわわがチャックをこじ開けたようにして、白いシャツと共に飛び出てしまっている。


 なんだろう、薫さんらしいスタイルだと思った。普通体操ジャージというものはチャックを上まで閉めて着るものだと思うけれど、そんな普通で収めることができないのが薫さん。茶髪のゆるふわウェーブがかかったあの髪のように、身体もまた。どこか反抗しながらもオシャレな感じがよくこの人の性格を表していると思う。


 それに比べて私は……ただのシンプルなパーカー。胸だって小さいし、主張は全く無い。雲泥の差だ。私が元から薫さんを自分より上の存在として見ているからよかったものの、きっとプライドの高い負けず嫌いな人がこんな状況に置かれたら悔し涙を流すと思う。それほどに大きく、埋められない差が私達にはある。


「わ、私はそんな。それよりもヘッドセット、付けてみてもいいですか?」


『お、そうだったそうだった。じゃあ付け方を……って言っても、簡単なんだけどな。ただコードの先にあるイヤホンジャックをスマホに挿すだけ。音量調節はヘッドセットの右側にスイッチがあるから、それで』


「や、やってみます!」


 薫さん曰く、このヘッドセットというのの本当の使い道はパソコンゲームのFPSなどで元々通話機能がある本体に繋いで、自分から相手に届ける声と相手から自分に届く声のその両方の音質を上げて快適にゲームを楽しむためのものらしいけれど。


 スマファザにはそのような機能はなく、ひとまずはスマホでLIME通話を繋ぎながらオンライン通信をすることになったため、接続は通話をするスマホ本体。


 文明の力に触れることができたドキドキに胸を高鳴らせながら、ゆっくりとイヤホンジャックの接続をする。


(えっと確か、音量調節は……)


『どう? ちゃんと聞こえて────』


「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」


『おわっ!? ちょ、どうした!?』


 それは、音量調節をしようとスイッチを触ろうとしたその瞬間。


 両の耳から大音量で薫さんの声が流れ、軽く頭がショートする。


 単に声が大きくてびっくりしたからってだけじゃない。


「あ、ぁが……♡ あひぃっ♡」


『オイひなちゃん、マジで大丈夫か!? ごめん、音量調節まだだったのか!!』


「だ、だだだだだ大丈夫、れすぅ♡ わぁ、凄い高音質ぅ……薫しゃんの声だぁ♡」


 それは幸せが呼び起こした、言わば″薫さんインパクト″。ヘッドセットの音質の良さとあまりに近い声に耳が幸せをキャッチし、そのまま無理やり脳みそへと流された。


 まるで幸せが全身を駆け抜けるかのような感覚。これがもしかして噂の、ASMR……?


『よ、よかった。ってひなちゃん? スマホが真っ暗だぞ。勢い余って落としたか〜?』


「わっ、ご、ごめんなひゃい! つい手が滑って……」


『いいっていいって。ひなちゃんの音量調節待たずに声出した私も悪いし』


 ああ、どうしよう。これは本当に不味い。





 か、身体が。薫さんの囁きにスイッチを押されて……火照ってきた……♡

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