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第219話 始まりの朝3

 部屋に戻っても、やっぱりまだゆーしは夢の世界にいた。


 すぅ、すぅ、と寝息がちっちゃい。勉強机の椅子を借りて座りながら寝顔を眺めているとたまに寝返りを打ったり、ごにょごにょ何か呟いたり。そんな子供っぽい姿がとにかく可愛くて。


(ずっと見てたくなるなぁ……しゅきぃ)


 気づけば三十分以上もゆーしを見つめてニヤニヤしてしまっていた。


 そして欲望は次のフェーズへ。彼の寝顔を堪能しているだけでは飽き足らず、私はうずうずしてきた身体をゆっくりとベッドへと近づける。


(ま、まだ時間あるもん。こんなに早く起こしちゃったら可哀想、だし……)


 そっとお布団をめくって、足元から。半パンを履いていたみたいで白身がかった素足が見えた時には少しドキッとしたけど、そのままぽかぽかな世界に頭を入れる。


「ん、しょっ……んしょっ……」


 あくまでゆーしを起こさないように気をつけながら身体を収納していき、やがては胸の中へ。


 最近はごろごろイチャイチャの回数も増えたからか。ゆーしの身体にはどうやらいつもの体勢が染み付いているようで。暗いお布団の中で胸元に顔を埋めていると、背中にそっと手を回して抱きしめてくれる。


 本人は私のつもりで抱いているのか、それとも何か心地いいものがあるからとりあえず抱き枕にする、みたいな感じでしているのか分からないけれど。抱きしめられること自体は当然とても嬉しいことなので、同じように抱きしめ返してから頭をぐりぐりしてゆーしの匂いを嗅いだ。


 やっぱりただ密着して嗅ぐのとお布団に包まれながら嗅ぐのでは全然訳が違う。人生の三分の一を占めると言われている睡眠時間をいつもゆーしと過ごしてきたこのお布団の破壊力は凄まじくて、全方位から幸せなゆーし臭を漂わせてくれる。


「ぷぁっ、すんすん。ふにゃぁ……ごろごろごろ」


 なんて素晴らしい時間なのだろう。ゆーしと喋りながらお互い身を寄せ合ってイチャイチャするのも勿論最高だけど、こうやって子供みたいにぎゅっしながら幸せそうにしている顔を眺めてぽかぽかを堪能するのもまた別の良さがある。


(これ、気を抜くと私まで寝ちゃいそうだよぉ。やっぱりゆーしの胸の中が一番気持ちいいや♡)


 すりすりっ、すんすんすん。ぐりぐりぐり、ぎゅっぎゅっ。


 様々な場所で、様々な姿勢で。これでもかというくらいゆーしに触れる。頬擦りも鼻擦りも、力任せなぎゅっ、も。今はなんでもし放題。


 けど、ずっとお布団の中に篭ってそんなことばかりしていると流石に少し暑くなってきて。ゆーしのように外に顔を出すと、ほぼゼロ距離で寝顔とご対面。


 何度見てもやっぱり、かっこいい。そして可愛い。ああ、どうしよう。今の私、変な気分になっちゃってる。


(……キス、したいなぁ)


 微かに自分の吐息が荒くなっているのを感じた。


 暑さのせいか。それとも……ゆーしの可愛い寝顔を改めて至近距離で見てしまい、心臓を撃ち抜かれたからか。


 あっという間に頭の中がキスで埋め尽くされて、あの柔らかな唇の感触を思い出してしまう。視線が釘付けになって、罪悪感を感じつつも止まらなくなってしまう。


「ふぅ、ふう……っ。一回。一回、だけだから……」


 ちゅっ。唇だ朝が軽く触れ合い、ピクりと身体が反応しているのも気にせずに。私は数秒間、ふにふにと柔らかいゆーしの唇を奪ってしまった。


「っ。身体、暑ぅ。も、もう一回。もう一回したら、やめる。絶対、やめる……」


 一度キスを始めてしまうと、一回では止まれない。そんなこと分かりきっていたはずなのに。それでもやっぱり心の外から溢れ出てくるキス欲には敵わなくて。


(こ、これが本当の最後、だもん)


 もう自分で制御することなどできない暴走モードへ。普段から何度も何度もキスをする習慣をつけてしまったせいで止まらないキス欲との格闘は、何度も続いて。そして敗北を繰り返して。


「んんっ、しゅきぃ。ゆーしが悪いんだよ? こんな無防備な姿で、ずっと起きないから」





 もはや抗うことすら、諦めている自分がいた。

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