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第217話 始まりの朝1

 夏休み初日。本当に色々なことが起こった一日だった。


 ゆーしとのごろごろイチャイチャから始まり、突然のおばさんの帰宅。かと思えば予期せぬ形での合鍵ゲットとお泊まりの許可。夜はピザパーティーでどんちゃん騒ぎし、そして家に戻ってから江口家家族会議。


 そんな騒々しくも楽しいことばかりだった一日はあっという間に終わりを告げ、次の日。


「ふふっ、えへへへっ♪」


 エコバッグに食材や調味料を詰め、背中には着替え等を入れたリュックを背負い。私は今、ゆーしの家の前にいる。


 ちなみに時間はと言うと午前五時。ついつい楽しみすぎて早起きしてしまった。


「お邪魔しま〜す」


 家の鍵を入れているキーケースから同様に収納したこの家の合鍵を取り出し、カチャカチャと玄関の扉を開ける。


 朝が早いこともあり、中は静寂に包まれていた。廊下は薄暗く、誰の気配もしない。いつもは必ずゆーしに開けてもらってここに入るから、少し不思議な気分だった。


 けど、同時に嬉しくもある。これはつまりちゃんとゆーしが起きる前にここに来ることに成功したということ。昨日の感じを見るにおばさんもまだ起きてはいないだろうし……ぐふふ。


(やっぱり最初にすることは決まってる、よね)


 私はそろりそろりとできるだけ足音を立てないようにして一度リビングに移動し、リュックを下ろす。そして食材を冷蔵庫に入れキッチンに諸々の必要機材を揃えると、その足で廊下へと戻った。


 ギィ、ギイッ。


 きっと普段生活している中では気づけないような、微かに床の軋む音。それに細心の注意を払いつつ、両手も床につけて半分四足歩行のような姿勢になりながら、階段を登る。


 向かう先は当然、一箇所。その二個手前の部屋の扉がかすかに開いていたから気になり中を覗くと、おばさんがベッドで倒れ込むようにして寝ていた。お布団も被らず、乱れたTシャツの下からはお腹と下着を丸見えにして。


「んぐぁ……ぐひい……」


 もしかしたら私より細いんじゃ? なんて思わせるほどにまだまだ年齢を感じさせない若々しい体型に少し嫉妬しつつ、あとでお布団をかけに来てあげようとも考えながら。部屋には入ることなくその横を素通りして、目的地へと向かう。


 扉は閉まっている。でも、この部屋には鍵なんて存在しない。


 ゆっくり、ゆっくりとドアノブを下に傾け、やがて「カチッ」と小さな金属音が鳴ったのを確認してから、扉を手前に引く。


 すると音もせずに開いたそれの向こうには、ベッドでお布団にくるまり小さな寝息を立てている一人の男の子が。


「〜〜〜〜〜っっっ!!」


 可愛いっ!! そう叫びそうになるのを我慢しながら身悶える。


 いくらなんでも可愛すぎないか。私の世界一大好きなゆーしは気持ちよさそうに横を向いて、大人しくスヤスヤ眠っている。


 まるで眠り姫みたい。そんな感想を胸に私はスマホを取り出すと、あらかじめインストールしていた無音で撮影することができるカメラアプリを起動して。その寝顔に近づけると、そっと連写した。


「えへっ、えへへっ、へへへへっ♡」


 私が後々お嫁さんのように優しく起こしてあげるその寝顔は、視線を惹きつけて離してくれない。


 可愛い、可愛すぎる。普段はあんなにかっこいいのに寝ている時はこんなに子供のような可愛い顔をしているなんて。ギャップでどうにかなってしまいそうだった。


(あとで全部終わったら起こしに来てあげるからね。それまでまだ寝ててね、ゆーしっ♡)


 元気満タン。ゆーしの寝顔を見て体温が上昇し身体が活性化した私は、静かにその部屋を出てキッチンへと戻る。


 ゆーしと甘々な朝を過ごすのはもう少し後。今はその前に、与えられた役割のうちの片方を終わらせないと。


「よぉし、とびっきりの朝ごはんで驚かせちゃうからね!」


 これは将来の予行練習だ。


 ゆーしのお嫁さんになった時、毎朝キチンと満足させてあげられる朝ごはんが作れるように。お母さんが私に出してくれるみたいな″家庭の味″を再現できるように。


「頑張るぞいっ!」





 冷蔵庫を開け、私はとびっきりの朝ごはん作りに取り掛かり始めたのだった。

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