同棲。たった四音のそれのインパクトは強く頭を殴りつけてきて。俺と由那はそれこそ本当に殴られたかのように頭をフリーズさせて、目をパチパチさせながら見つめ合う。
由那と同棲。一つ屋根の下、同じ家で暮らす。
当然考えたことくらいある。いつかはそんな日も来るのだろうかという妄想レベルだったが。
朝は由那が直接部屋に来て起こしてくれる。そのまま眠い目を擦ってお手製朝ごはんを食べ、ぼーっとした朝を過ごす。日中は学校に行って、帰ってきたら夜ごはんとお風呂を済ませてごろごろしたり、一緒にテレビを見たり。はたまたゲームで勝負したりなんかして。一通り夜を満喫してから眠りにつく。そんな、幸せな妄想だ。
合鍵を貰って俺たちがしようとしていたのはここまでの事ではなく、あくまで実現するとしても朝だけのことだろう。夜に由那が自分の家に帰るのか、俺の家に泊まるのか。その二つにはあまりに大きな違いがあって、とてもじゃないが簡単に手に入れられる展開ではないはずだと。そう、思っていたのに。
もしかしなくても今、それを実現させるチャンスが目の前に転がってきたのだろうか。
どう答えたものか。こんなにスラスラと上手く事が運ぶわけがない。そう考えている間に、隣で。由那がいち早く動いた。
「したい! したいしたいしたい!! ゆーしと同棲して一日中イチャイチャ!! 朝起きてから夜寝るまでずっとずっとずっとイチャイチャイチャイチャ!!!」
「ふむふむ。じゃあ勇士は?」
期待の眼差しで、由那が俺の横顔を覗き込んでくる。
じゃあ、と言われても。そんなの答えは一択だろう。
「当然、したいよ。俺は一分一秒でも由那と長く一緒にいたいし」
「えっへへ、一分一秒でも……ああ、しゅきぃ……♡」
「ふぅむ。二人の意見はよ〜〜〜く分かった。して、ここでマザーから提案を言い渡そう!!」
ででどんっ。そんなテロップが出そうな迫力と共に母さんはニヤリと笑うと、本題に踏み込んでいく。
「まずは一つ目。これは由那ちゃんに合鍵を渡す条件、みたいなものかな。私としては正直もう何も言わず渡してあげたいんだけど、それをすると食費やらなんやらを優奈さんが私に払っちゃいそうな雰囲気なんだよねぇ。と、いうわけで!」
優奈さんの話題が出て一瞬、ピクりと由那が反応する。
俺の中でのあの人のイメージとしては、普段は温厚でどこかふわふわとした雰囲気がありながらも、キチンと真面目な時に真面目な対応を取ってくれる人、という感じだ。由那の家に行った時娘が俺に迷惑をかけてないか、なんて心配そうに聞いてきたこともある。確かにあの人なら雑費的な意味合いで母さんにお金を渡してしまっても不思議はない、か。
「由那ちゃんには我が家に朝早くから入り浸れる口実作りに、勇士の目覚まし係と朝ごはん係を任命します!」
どうやら母さんの作戦はこうらしい。
まずここ最近朝早くから俺の家にお邪魔していたり、俺と半分こしているとはいえ由那のワガママに付き合わせてお金も使わせてしまっていたり(後者に関してはあくまで優奈さんの主観だが)していることから流石に迷惑なんじゃないかと考えてしまっている優奈さんの心配を消すため。由那がうちに来ることで俺も母さんも助かっているのだという口実を作ろうというわけだ。
そのために由那には何か役割を与える。そのうえで、最も由那が楽でかつ楽しさを覚えられるものを母さんなりに考えたのだろう。
目覚まし係なんてのは俺からすれば当然ご褒美だし、由那にとってもそれは多分同じ。朝ごはんに関してはもはや俺のために毎朝お弁当を作ってくれているくらいなのだからまずまずしんどいということはないはず。
当然由那はその提案を聞いて立ち上がると、自らのやる気を主張するように声を上げた。
「はいはい、朝ごはんと言わずごはんは全部できるよ!! ゆーしに食べてもらうためならいっぱい美味しいの作っちゃうから!!」
「目覚まし係も大丈夫そ?」
「もっちろん! えへへ、ゆーしの部屋に行って起こしてあげるの、夢だったんだぁ……♡」
「ふふっ、じゃあ決まり。はいこれ合鍵。失くさないでね」
「やったー!!!」
こうしてまず、由那は「目覚まし係」と「朝ごはん係」に任命され、無事に合鍵をゲットしたのだった。
これが母さんの言う本題の一つ目。なんだか思っていたより簡単にクリアしてしまったが、まだ本題にはもう一つ。重要なものが残っていた。