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第206話 母親、襲来3

「〜〜〜♪」


 お風呂場から鼻歌が聞こえる。


 母さんは俺の想定よりもかなり早い帰還を果たし、そしてサプライズと称して俺たちの前に現れた。


 別に帰ってきたことそのものは嫌じゃないが……こう、タイミングが悪い。今日は由那と二人きりでごろごろすると決めていたのに二人とも完全に目が覚めてもうそんな気分では無くなってしまった。


「おばさん変わってないね〜。あの自由気ままな雰囲気と若々しさ、私の知ってるゆーしのお母さんそのものだよ!!」


「うーん、俺としてはもう少し歳相応の落ち着きを覚えてほしいけどな……」


 ぼちぼち四十代も見えてくる歳な人だ。いつまでもはっちゃけられたままでいられてもな。


 というか母さん、帰国したばかりでいきなり家まで走ってきてから息子の部屋の扉をぶち開けるなんて中々行動力がえげつない。あとなんで俺たちは今あの人のお風呂を待たされているのか。


 何やら大事な話があるから待ってて、と言っていた。正直嫌な予感しかしない。


 一応由那を家に入れるのには許可をもらっていたから多分そのことを怒られるわけではないと思う。それでも嫌な予感がするのは間違いなく母さんの普段の行いというやつだな。


「ねぇねぇゆーし、おばさんが帰ってきたってことは″あのこと″、お願いするの?」


「へ? あのことって……ああ、合鍵のことか」


「うんっ♪」


 そうだ、母さんが帰ってきたらお願いする約束だった。


 いやでも、まさかここまで早くになるとは思ってなかってし。正直心の準備ができてないというか。もちろん一日でも早く由那に合鍵を渡したいところだが、そう上手くことが運ぶのだろうか。


「ふい゛ぃ〜〜。ごめんごめん、おまたせっ! いやあ久しぶりの家お風呂最っ高! ホテルの大浴場なんて入り飽きちゃったしねぇ」


「え、そんなリッチなとこ泊まってたのか?」


「ふふん、中々大きかったよ? まあ会社の経費で落ちるからって私が勝手に高い所泊まったんだけど」


「最低だ……」


「ギブアンドテイクって言ってよ〜。私だって可愛い息子との大切な時間を奪われてまで仕事してあげたんだから。これくらいのリターンじゃ足りないくらいよ?」


「さ、さいですか」


「う〜ん。よっこらせっ、と。さてさて、そろそろ話をしましょうかねぇ」


「あ、ちょっと待って! そろそろさっきスイッチ入れてたお湯沸かしが終わったと思うから持ってくるね! おばさん、何がいい?」


「じゃあ私はコーヒーで。コーヒー粉の場所分かる?」


「分かる〜!」


「よぉし、じゃあお願い!」


「あいあいさ〜!!」


 由那がてててっ、と台所に移動する後ろ姿を眺めながら、母さんはニヤニヤと頬を緩ませている。


「由那ちゃん、本当可愛くなったね〜。くふふ、アンタ幸せもんだよ? あんなに可愛い子が幼なじみで、しかも引っ越した後もず〜っと想ってくれてたなんて」


「わ、分かってるよ。てかなんで母さんはそんなこと知ってるんだ?」


「え〜? そりゃもちろん、優奈さんから聞かされてたもの。引っ越した後もあの人とはずっと連絡取ってたし」


「マジか……」


 つまり全部知っていた、と。由那が俺に対して抱いていた気持ちも、その後再開するまでの成長過程も。多分由那のことだ、家でお母さんに色々と俺の話もしてしまっているだろうし、そこから間違いなく母さんに情報は伝わっているはずだ。


 シンプルに恥ずかしい。


「告白、勇士からしたんだって? 頑張ったじゃん」


「ぬぐぐ……や、やめてくれ。そんなの改まって言われたら……」


「言われたら?」


「……恥ずかしい」


「ははっ、いいじゃん。全部受け身でいるチキンよりよっぽどかっこいいよ。頑張ったね」


「うっ。頭撫でるな……」


 相変わらず、この母親といるとペースを乱される。でも嫌だとは思わないのは、なんやかんや言っても母さんが母さんだからか。


「お待たせ〜、おばさんとゆーしはコーヒー……って、おばさん!? ゆーしの頭なでなで独占なんてズルい!! 私も撫でたいッッ!!」


「え〜? 私も久々に息子の頭撫でるの楽しみにしてたんだよ?」


「むぅ。ゆーしは私のだもん……おばさんにだって譲らないもん!!」


「ふふっ、溺愛されてるんだねぇ。ラブラブなようで何より」


 なんだこれ、新しい拷問か?


 コーヒーを机に置いた由那は母さんから俺を奪い取るようにして隣に座り、腕を組む。自分の方に引き寄せて密着すると俺の頭を本当に撫でようとしてくるもんだから、恥ずかしすぎて全力で止めた。





 ……というかお前は、撫でるより撫でられる方が好きだろうに。

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