「…………」
もきゅ、もきゅっ、と何度かそれを咀嚼し、飲み込む。
由那は勇士の優しさに胸を打たれる反面、やはり罪悪感のある心持ちでそれを見守っていた。
どうせこれも、何かしらの失敗をしているのだろう。不味い仕上がりをしてしまっているのだろう、と。
だが、勇士の優しさが起こした奇跡と言うべきか。最後の最後で、事態は好転を見せる。
「美味しい……このスクランブルエッグ、すごく美味しい!」
「えっ、嘘。そんな、それだけ美味しいなんてこと……」
「じゃあ由那ちゃんも食べてみなよ! ほら!!」
「う、うんっ」
勇士にあーんされ、少量のスクランブルエッグが舌に触れる。
……美味しかった。卵そのものの味と微かに主張してくるマヨネーズがよくマッチしていて、特別美味しいということもなかったがキチンと食べられる味をしている。
あれだけ不味い料理を食べさせられたあとの勇士には、きっとこれが極上品のように感じたことだろう。
「ほんと、だ。ちゃんと食べれる……」
「でしょ! 由那ちゃん凄いよ!! こんなに美味しいものが作れるなんて!!」
「っ……! あ、ありがと……」
(あらあら、青春ねぇ。私にもこんなアオハルしてた頃があったわぁ)
キラキラと目を輝かせながらあっという間にお弁当を完食してしまう勇士と、それまで失敗ばかりでようやく一回成功し褒められただけなのに喜びが隠せず小さなガッツポーズを作ってしまう由那。そしてそんな二人をどこか羨ましそうな顔で微笑みながら見つめる優奈。
さっきまで手作り弁当のせいで悲惨な空気感を漂わせていたとは思えないほどの団欒。それも一重に、勇士の優しさと男気が最後の最後で大逆転を掴み取ったからだ。もしソーセージの時点で食べるのを断念してしまっていたらこのお花見は最悪な思い出として全員の頭に刻まれたことだろう。
「さて、じゃあそろそろ私のお弁当も食べてもらおうかしら? 勇士君も由那も、まだまだお腹空いてるでしょ?」
「はぁい! ほら、食べよ由那ちゃん!」
「……うんっ!」
この時ばかりは、由那のツンもなりを潜めて。
彼女の恋心に気づいている優奈のみがそれに気づいてまたアオハルなオーラに当てられる中、見事にお花見は成功したのだった。
「えへへ……頑張って、よかったぁ……」
「? 由那ちゃん、何か言った?」
「なっ!? なな、なんでもない!! いいからほら、食べなさいよ! 私があーん……してあげるから!!」
「ふふっ、焦らなくてもお弁当は逃げないわよ? って……聞いてない、か」
気づけば出来上がっていく、幼なじみ二人だけの世界。
食べさせ、食べさせられ。小学生にして無自覚な砂糖をばら撒き始めた二人は、満面の笑顔と共に優奈のお弁当を平らげていく。
(いつか、絶対ゆーしを満足させられるお弁当作ってみせるもん。全部美味しかったって、言わせてみせるもん! ママにだって負けないもんっ!!!)
この時、密かに由那の心には火がついて。勇士のために毎朝料理の勉強をする日課が始まったことは……江口家の一員以外、知る由もない。