「わぁ……美味しそう!」
蓋を開けた勇士の目に飛び込んできたのは、由那お手製のおかずの数々。
野菜、卵にソーセージと全体的にバランスが良く、優奈の作ったお弁当と比べて副菜のようなものが多い。
それは一重に由那の実力不足を表していた。彼女の腕ではまだ唐揚げやカツのような主菜は作れなかったのである。
でも、だからこそ。優奈のお弁当に手を伸ばされる前にこれを手渡した。後から食べられると物足りないと思われるかもしれないし、何より自分で母親よりも美味しく作れていないことくらい、味見をしなくとも分かっていたから。
「いただきます!」
「……ゴクリッ」
割り箸を手に取り自分の作ったお弁当に手を伸ばす彼の動作を、まじまじと見つめる。
まず箸で摘んだのはソーセージ。三本あるそれのうち一本を口に運んだ勇士は────
「う゛っ!?」
「ゆ、ゆーし!? どうしたの!?」
えづきそうになりながら、口を押さえた。
慌てる由那と優奈。だがそれを手で静止するようにしてから、勇士はソーセージを飲み込む。
「だ、だだ大丈夫。ちょっと、酸っぱかっただけ……」
「酸っぱかったの!? そ、それソーセージだよ? 由那、何か変なもの入れた!?」
「入れてない! 入れてないよぉ!! ただ油を敷いたフライパンで火を通しただけで……っ!!」
否、勿論真相は違う。
炒めただけのソーセージから酸っぱい味がすることなど、それこそ具材そのものが腐ってでもいない限りあり得ないのである。
原因は由那がフライパンに敷いた液体。
ほぼ同じ色であり江口家で使っているそれは油を入れている瓶と形状が似ていたため本人は気づかなかったのだ。
────自分がお酢とソーセージを絡めていたことに。
水分を吸収したソーセージはお酢にまみれ、元の味など簡単に崩壊。それも中々な量を吸い込んでいたため、バイオレンスな料理として完成してしまったのだった。
(ゆ、由那ちゃんだって一つくらいミスしちゃうこと……あるよね)
少し自分の手先が震えていることを感じながら、勇士は次の料理に手を伸ばす。
「つ゛ぅ……う゛ぅぷっ」
そして、醤油の入れすぎと炒める時間が足りず半生な辛い玉ねぎによって再び胃が悲鳴を上げた。
「ゆーし!? そんな、無理して食べなくていいから!! 美味しくないでしょ?」
「そ、そんなことない……よ」
「でも、辛そうじゃん!! もういいよ、こんなの捨て────」
自分が料理を失敗してしまったことへの悲しみと、そんな失敗作を好きな人に食べさせてしまったことへの自責の念。
それらが積み重なり、目元に涙を浮かべながらお弁当を取り上げようとする由那だったが、勇士はそれに反抗するようにしてお弁当を守り、また一口おかずを口に運ぶ。
苦しそうだった。見ていられなかった。それが由那の素直な感想だ。今すぐに食べるのをやめてほしい。少なくとも今日は、今は。これ以上失敗作を食べて苦しまないでほしい。
そう、思っていたのに。
「由那ちゃんの作ってくれたものなら、なんだって食べられるよ。確かにちょっと味付け間違えちゃってるかもしれないけど、大丈夫!」
お酢が染み込んだソーセージ、醤油味が濃すぎる半生野菜炒め。黒胡椒とレモン汁の配分を間違えめちゃくちゃになっているカニカマサラダ。
胃酸が逆流しそうになるほどの料理を三品、全て食べ終えて。勇士は最後の料理を箸で摘む。
「……バカ」
マヨネーズで味付けされた、スクランブルエッグへと。