時は、遡ること五年前。
「びっくりするくらい晴れたわねぇ……」
「てるてる坊主作った甲斐あったね、由那ちゃん!」
「ふ、ふんっ。私は作ってないもん……。別に、部屋に吊るしたりしてないもん!」
桜舞い散る春の空。今日はお花見である。
由那に、勇士、そして付き添い役として由那の母である優奈。勇士の母親は相も変わらず仕事で忙しいので不参加である。
近所の公園にブルーシートを敷き、三人で開いたお花見。雲一つ無い快晴の中で早速、全員が腰を下ろす。ちなみに憂太は学校の遠足中であり、由那は先週にそれを終えており今日はその振替休日だった。
お花見、なんてたいそうな言い方をしているが、要はただ近所の公園で一緒にお弁当を食べてから遊ぼうというだけの会だ。まあこれをただの遊びと捉えていたのは勇士だけで、由那の方はというと明確な目的があったのだが。
「ね、おばさん! お腹すいたぁ!! お弁当早く食べた〜い!!」
「ふふっ、そうね。今日は私だけじゃなくて由那も一緒に作ってるから。よかったら食べてあげて?」
「え、由那ちゃんが!?」
「べ、別にゆーしのためじゃないもん! 私が食べたかったから作ってきただけだし!! で、でもどうしてもって言うなら……食べても、いいけど……ね」
バラさないでと釘を刺していた情報を簡単に喋られて、由那は頬を真っ赤にしながらツンを全開にする。
当然照れ隠しだ。わざわざ早起きした上に優奈に頼っていては意味がないからと、勇士に食べてもらう分は全て自分の力で作り倒した。
ソーセージに野菜炒め、カニかまサラダとスクランブルエッグ。どれも簡単な料理とはいえ包丁も火も使うものだったので、優奈としてはハラハラしたものだが。少し指を切ったくらいで済んだのでむしろマシな方だった。
何故なら由那にとってはこれが初めての料理だったからだ。包丁の使い方、火の付け方、具材の入れ方等々。何もかもが初めての経験だったのである。
「もぉ、ごめんね勇士君。由那照れちゃってるみたいで」
「て、照れてなんてない!!」
「由那ちゃんの作ったお弁当、すっごく楽しみ! ね、早く食べたい!!」
「っ……!!」
汚れなき純粋な瞳が由那を見つめる。
既にこの男への恋心に目覚め今となってはまともに目を合わせるだけでもあたふたしてしまう彼女にとっては、不意打ちながらに会心の一撃だったようで。また一段階頬の紅潮が強くなると、ツンすら発動する間もなく言葉を失ってしまう。
「ふふっ、ありがと。じゃあ早速準備しましょうか。勇士君には飲み物コップに入れてもらってもいい?」
「はーい!!」
にぱっ、といい笑顔で勇士が笑う。優奈はそんな彼に大きなペットボトルに入ったジュースと紙コップを渡してから、お弁当を包んでいた風呂敷を取り除いた。
おせちでも入っているのかと思うほどに大きな三段弁当は優奈お手製のもの。現役専業主婦が作っただけあり、子供の好みを熟知したその中身には、唐揚げや豚カツなどの茶色いものが多い。勿論極端に偏りすぎないよう、それでいて食べてもらえるよう。一工夫を入れた野菜も忘れない。
そしてもう一つ。取り出したそれは一段の小さなお弁当。
これは由那が勇士のために作ったお手製のものだ。それを風呂敷と一緒に渡されると、由那は勇士に向けながら開封する。
「は、はいっ……ゆーしの分。た、食べるなら残したらダメだからね? お母さんの食べる前に全部食べてよ?」
「もっちろん! 由那ちゃんが作ってくれたお弁当だもん! 残したりなんかしないよ!!」
「……そっか」
由那からそれを受け取ると、勇士は心の底から嬉しそうにそう笑いかけて。
お弁当の蓋を取ったのだった。