「わっ、見て見てゆーし! ちょっとずつ高くなってきてるよ〜!!」
「うおっ。もうこんなにか……」
観覧車に乗り始めてからわずか。地面から離れた箱は徐々に高度を増し、スタッフさんや列に並んでいた人達が小さくなっていく。
ちなみに俺も由那も昔から極度の高所恐怖症だ。二人して身を寄せ合いようやく脚の震えを止めている。
なら乗るな、という話ではあるが。まあやっぱりせっかくなら乗ってみたいし。
恋人と観覧車なんてラブコメとしてはベタ過ぎるシチュエーションを、由那が見逃すはずもない。かく言う俺も乗り気だったしな。
「や、やっぱりちょっと怖いな」
「ふふ〜ん、ゆーし高い所よわよわだもんね? 揺らしまくっちゃおうかな〜?」
「手、震えてるぞ。できない事言うのはやめとけ」
「……ごめんなしゃい」
ったく、この距離でそんなことに気づかないとでも思っていたのか。
大人しく隣に座った由那と、どんどん高くなっていく箱の中から外を眺める。
俺たちを照らすのは夕焼け。上を見れば茜色が広がっており、下を見れば遊園地の外に住宅街がどこまでも続いている。
「怖いけど、やっぱり景色は凄いな。乗ってよかった」
「ね。ゆーしと密室イチャイチャしながら見る景色は最高だよ〜♪ カップルさんがなんでみんな乗るのかよく分かるよ〜。ほら、前にもイチャついてる甘々カップルさんが一組いるよ?」
「え? あっ……」
俺たちの一個前の箱に乗っている乗客二人が、肩を寄せ合ってくっついている。
当然その二人とは寛司と中田さんのことだ。こてんっ、と頭を寛司の肩に乗せて腕を組んでいる姿は、彼女としてたっぷり甘えている証拠と言えるだろう。
あまりこういうのは見ない方がいいのだろうが、あんなに丸見えな状態でイチャつかれたらな。気づくなという方が無理があるし、一度気づいてしまうと見ないという選択肢も取りづらい。
「有美ちゃん、やっぱり二人きりだと甘えんぼさんなんだ〜。えへへ、可愛いっ」
「まあ普段からその片鱗は出てたけどな……。やっぱりあの二人、俺たちのことあまり言えないぞ」
「むむっ、でもゆーし、私たちはイチャイチャチャンピオンなんだよ? 負けないようにしなきゃ!」
「だから何なんだよそれは。そんな称号いらないんだって」
「……じゃあ私との密室イチャイチャ、いらない?」
「……それは話が別だろ」
「だよね〜♡ ぎゅ〜!!」
全く、甘え方が上手いな。そんなこと言われたら断らないこと、ちゃんと分かってて言ってるんだろう。
何も考えてないように見えて、やっぱりことイチャイチャにおいては的確な行動を取ってくる。油断ならない相手だ。
「ねぇ、ゆーし? キス……しよ? 今日ずっと一緒にいるのにまだ朝の分しか貰ってないもん。寂しいよぉ?」
「そ、それは一大事だな。彼女さんが寂しがってるなんて。彼氏として見過ごせない」
「むふふっ、ありがとぉ。……大好き♡」
見つめあって、ゆっくりと唇を重ねる。
未だ上昇を続ける箱の中、二人きり。さっき前にいるバカップルのイチャイチャが丸見えな事を知っておきながらなお、結局は性に抗えず。ハグで限界まで身体を密着させてのキスは、甘々エキスを充満させながら二人の身体にじわりと染み渡る。
その時、同タイミング。唇を重ね合わせることに夢中な俺たちの前であの二人が一段先の、″大人のキス″をしていたことは知る由もない。