「……寛司?」
思考がフリーズする。
ダメだ。今の有美は可愛いが過ぎる。ただのハグだけでは満足できないところまで欲情を煽られてしまうほどに。
それでもフリーズするだけに留まっていてのは、最後の理性が微かに残っていたから。糸が切れても、ギリギリのところで繋ぎ止めていた。これ以上はいけない。確実に暴走してしまう。そう、分かっていたから。
だが────
「おわっ!?」
回る視界。ぼすっ、と柔らかい音が鳴ると、自分がベッドに倒れ込んでいたことに気づく。
チラッ、と隣を見ると、未だ俺の背中に手を回しながら抱きついている有美が、顔を少し上げている。そして、可愛く微笑んだ。
「ずっと座ってるの、しんどい。ごろごろしてようよ」
「っ……い、いいの? ここ、有美がいつも寝てるベッドじゃ……」
「……だって、せっかく来てくれたし。ちょっとくらい匂い、残していってほしい」
流石に少し恥ずかしい台詞だったと自覚があるのか。頬がほんのりと赤く、笑みにはどこか恥ずかしさが紛れている。
照れながらもそう言ってくれたのは、よっぽど伝えたい本心だったからか。匂いを……って。確かに有美、俺の匂いが好きだという話をしていたことがあるけれど。俺が彼女の匂いを嗅ぐと幸せな気分になれるように、また、俺の匂いに対して同じことを思ってくれていたのか。
好きな人の匂い。それは一種の麻薬だ。俺も有美も、もうとっくにダメにされてしまっている。
「……」
「……」
無言で見つめ合ううちに、少しずつ手が近づいて。やがて繋がれると、指同士が絡み合う。
とろんとした彼女の瞳に当てられながら跳ね回る心臓の音を聞いていると、吸い込まれるような気持ちになった。自然と俺の意識する先は一点に集中し、固定されてしまう。
やっぱり、麻薬にやられてしまった。当然有美の瞳や可愛い仕草に影響されたのもあるけれど、布団に転がってしまうともう四方八方から有美の匂いがしてきて、とにかくヤバい。さっきまでは柔軟剤の匂いしかしなかったのに、ゼロ距離になった瞬間それらが一瞬でかき消され、奥から毎日ここで寝ている彼女の甘い匂いが染み出してきた。
もう、抑える必要なんて無いのではないだろうか。どうせこのなけなしの理性に綱渡をさせたところで、結果は目に見えている。
「……キス、しないの?」
「する。絶対する」
「んっ。いいよ……でも目、ちゃんと閉じてね。手は繋いでいたいから、このままで」
有美に求められて。俺は、簡単に唇を奪った。
目を閉じ、暗闇の中で有美の感触を探る。探って、探し当てて。ふにふにと柔らかい唇と、その先に待つ舌を。何度も、自分のものと絡ませた。
「ちゅ、んぅ……れう、ちゅぅ……」
ぴちゃぴちゃと唾液同士の混ざり合う少し官能的な音が響くが、止まらない。そんなことで止まれるほど、このシチュエーションは弱くなかった。
彼女の部屋で、二人。家には俺たちしかいなくて、当の有美は甘えんぼモード全開で俺を求めてくれる。
彼氏として、とてもじゃないが引き下がれるような状況じゃない。どの道今日はもう、俺だって勉強なんて到底できそうもない。なら死ぬほど彼女を堪能して、明日からの頑張りに繋げる潤滑油にしないと。
「ぷぁっ。うぅ、いつもより舌、激しい。もしかして寛司……興奮してる?」
「興奮、しないわけないでしょ。部屋に招かれてこんなこと。正直、この先までちょっと期待しちゃってる自分がいるよ」
「っつぅ!? そ、それはその……ダメだからね? そういうのはちゃんと、こう……心の準備をしてから……」
「うん、分かってる。今日はキスまでしかしないよ。でも、今日は充電する日なんでしょ。なら俺も有美成分、死ぬほどチャージするから。覚悟してて」
「…………ひゃぃ」
一度キスをやめて、ひょいっと有美の身体を持ち上げてから。ベッドの中央へと移動させて、そっと下ろす。
そして俺はその上から覆い被さるように乗り、手を繋ぎながら。耳まで真っ赤になっている彼女の唇を、何度も。何度も何度も、奪い続けたのだった。