「……どう? そろそろ勉強戻れそう?」
「ん〜……あと五分だけぇ……」
「あと五分、ね」
胸の中で甘ったるい返事をしながら、有美はもぞもぞと頭を動かす。
少しくすぐったいけれど、密着を求めてきてくれるのは素直に嬉しい。ふわりと有美の匂いも感じられるし、感触と相まって一石二鳥だ。
ずっとこうしていたい。甘やかして、甘えられていたい。
だけど……ずっとってわけにいかないのは、分かってる。
有美は多分、俺との学力の差を必死に埋めようと努力してくれている。受験期のあの時から、今も。
多分有美に合わせて志望校のレベルを下げたこと、まだ気にしてるんだろう。いや、それだけじゃない。もしかしたら大学のことももう考えているのかも。
この学力の差は、俺が一切努力をしないことで簡単に埋めることができる。伸び代のある有美が立ち止まっている俺に向かってきてくれれば、そうなるのは当然だ。
しかしそれで満足するような子じゃないことくらい、分かってるから。
俺はせめて、邪魔をしないようにしなきゃ。だから有美からこうやって甘えたいと言われれば甘やかしてあげるけど、頑張って自分からは行きすぎないように抑えないと。……って、さっきキスを求めておいて我ながら説得力無いな。
「有美ー、もう五分経ったよ。勉強、戻ろ?」
「うぇ、もおぉ……? まだこうしてたいのに……」
に、しても。
今日の有美、ちょっと破壊力が高すぎないか? 目もとろんとしてるし、可愛すぎる。普段甘えるのに躊躇しているからこそ、こうやってたまに我慢効かなくなって心のままに甘えてくれる瞬間が本当に大好きだ。
ああ、くそ。やっぱりくっついていたい。こんなに素直な有美、そうそう見られるものじゃないのに。俺が離れさせる側に回らないといけないなんて。
と、そんな自問自答をしている時。ズボンのポケットが震える。
スマホへの通知だ。今はそれどころではない、と思いつつも。なんだか無視できる内容ではない気がして。有美に感づかれないよう、こっそり開く。
するとロック画面には、お母さんからのメッセージ。
「……えっ!?」
「んにゅぁ。どうしたのぉ?」
「あ、えと……」
言うべきなのか。多分言わない方が、俺としては嬉しい日々が続く。
けど……有美のためを思うなら、やっぱり言うべきか。
「今俺の家に遊びに来てるお母さんの妹さん、用事ができたらしくて明日で帰るんだって。だから一応、明日からは俺の部屋使えるみたい……」
使える、というだけ。別に強制的に俺の部屋を使う必要はないし、有美が望むならここでテスト週間を過ごしてもいい。というか俺は当然、有美の部屋にいたい。
ただ、それで有美が落ち着いて勉強ができないなら、大人しく俺の部屋に戻るべきだ。確かに初めて有美を部屋に入れた時は、俺もドキドキが止まらなくて全く集中できない、まさに今の彼女と同じ状況に陥ったのを覚えてる。
「……ふぅん。じゃあ集中して勉強するのは明日からで……いいよね」
「へっ!? そ、それってどういう────」
「今日はもう勉強……いい。明日から、頑張るもん。今日は寛司とじゅーでんするぅ……」
「〜〜〜ッッ!!」
想定外の展開に、身体が固まる。
えっ、勉強は明日からって。つまり今日はずっと、甘えてくれるってこと……?
ゴクリ、と息を呑んだ。さっきまでは己を律しなんとか彼女を勉強に引き戻そうとしていた気持ちが簡単に決壊し、理性の糸がプツリと音を立てて切れる。
「えへへ……今日は帰さない、から」
もう、どうなっても知るもんか。