ギシッ。軋む音と共に、私と寛司の体重で少しベッドが沈む。
横並びでベッドの上に座り、手を握り合う。
じわりと手のひらに熱が伝わってくると、幸せが溢れ出た。たったこれだけのことで、スイッチが完全にオンになってしまう。
やっぱり、好きだ。そんな人が今、私の普段寝ているベッドに腰掛けている。
(だ、だからってドキドキしすぎでしょ、私!? 心臓、うるさいッ!!)
バックンッ、バックンッッ、と身体中に心臓の音が振動し、今にも寛司の耳まで届いてしまいそうな爆音を繰り返す。
「有美のベッド、良い匂いする。柔軟剤みたいな」
「ぴゃっ!? に、匂いなんて嗅がないでよ。別に普通でしょ。お母さんが霧吹きでそういう感じの撒いてるからだって」
「う〜ん、俺としてはもっと有美の匂いがしてて欲しいんだけど……。有美、すっごく良い匂いするから」
「ば、ばか。本当……っ!」
不意の言葉に、心がときめく。
ダメだ、喜んでる。だっていきなり良い匂いとか言うから。いや、まあいつも同じようなこと言われてる気がするけど。この状況でとなると、言葉の破壊力が違う。
「ねえ、もういいから。……甘えさせてよ」
「ん゛んっ。ゆ、有美? なんか今日はその、凄く積極的だね?」
「だからそれは寛司のせいだって。いきなりあんなこと、するから」
「甘えるスイッチが、入っちゃった?」
「……うん」
私には猛烈に寛司に甘えたくなる瞬間がある。
それは大体二人きりの時とか、逆に全然二人きりにならなかった時とか。
状況や時と場合によるけれど、とにかく突然訪れるのだ。そして今、私はその真っ最中。
「よしよし、勉強頑張ってて偉いよ。いっぱい甘やかすから……」
「ん、あぅ」
頭をなでなでしながら、優しく囁いてくる。
なでなで、なでなでなでなでなでなで。
しばらく頭の上に乗せられた手に身を任せていると、次は背中。とんっ、と引き寄せられて胸の中に収まると、そっと背中を摩られて。
(あっ、寛司の匂いだ……)
特別良い匂いでもなく、かと言って臭い匂いでもない。
寛司の……好きな人の匂い。柔軟剤や洗剤などの服に付けられた余計な匂いを貫通したのは、胸元に頭を埋めてようやくのことだった。
「ふふっ、くすぐったいよ。なんで頭ぐりぐりしてるの?」
「う゛〜……」
頭がぽわぽわする。なんだかずっと嗅いでいたくなる、そんな匂いだ。
これは私が単に、たまたまこの匂いを好きだったからなのか。それとも、好きな人から香るのがこの匂いだったからか。……多分、後者だ。
同じ匂いが他の人からしても、多分なんとも思わない。
これが、寛司の匂いだから。私は今こうやって顔を擦り付け、すんすんと何度も匂いを嗅いでしまっているんだろう。
「もう、今日は一段と酷いな。もしかして相当甘えるの我慢させちゃってたのかな」
「うる、しゃぃ。もっとぎゅってしろぉ……」
「はいはい。仰せの通りに」
あ〜、好き。なんだこれ、ほんと好き。
くそぅ。何も考えられなくなってきた。ぎゅっと抱きしめられてるだけでどんどん身体が熱く火照っていく。
もっとくっつきたいと。そう思ってしまう。
「すんっ。すんすん……」
気づけば匂いを嗅ぎながらもっと近づくことに必死になっていた私は、彼の背中に手を伸ばして。
ぎゅう、と。力強く、抱擁を始めていた。