「……」
「……」
シャーペンを走らせる音と、時計の針が動く音だけが響く室内。
私は勉強机の上にテキストを広げ、寛司はその隣で椅子に座りながら足を組み、単語帳を広げている。
相変わらず教科書や単語帳を眺めているだけで暗記が完了するスタイル、ずるい。こっちは何度も読んだり書いたりしてようやくなのに。
(というか……)
どうしよう。すっごいドキドキしてる。
さっきいきなりキスをされて、余計に意識が強まってしまったからだろうか。ついチラチラとコイツの様子を伺ってしまう。
集中、できていない。勉強そのものはそれなりに進んでいるが、暗記系統は諦めた。まあ寛司に教えてもらえる状況なわけだし、やっぱり理数科目優先だろう。
そう思い、数学のテキストを開いているわけだが。
私の部屋に彼氏が来ている。その事実が胸を高鳴らせて、心臓がドクンドクンと躍動を続けている。中々止まってくれる気配は無い。
「有美? さっきから手、止まってるけど。何か分からないところあった?」
「へっ!? あ、あぁ……いや。そうじゃ、ないんだけど」
言えない。アンタが隣にいるせいでずっとドキドキしっぱなしだなんて。言えるはずがない。
勉強に集中したいけど、寛司と離れるのは嫌だ。なんだこのジレンマは。いや、負のスパイラルか? 何はともあれ、このままではまずい。
寛司とずっと一緒にいられるように。少しでも勉強して、近づけるように。そうやって努力してきた。受験期も、前のテスト期間も。学校やコイツの部屋なら集中できたのに、私の部屋になるとなんでこうも……。
「ふふっ、全然集中できてないね。どうかしたの?」
「う゛っ……バレてる」
「有美は分かりやすいからね。俺が隣にいるから、かな。離れよっか」
「そ、それはやだ! あ、いや……うん。隣、いて」
「そう? 分かった。何か手伝えることあったらなんでも言ってね」
「……うん」
なんだ、これ。私が分かりやすいだけかもしれないけれど、そこまでは気づいてくれてるのに。
私が集中できていない本当の理由には、気づいていないのか。それとも気づいた上で気づいていないフリをしているのか。
「……ね、やっぱり一度休憩しよっか。頑張るのは良いことだけど、根を詰め過ぎるのは駄目だよ。ほら、テキスト閉じて」
「ちょっ、何勝手に────」
「適度な休憩をするのも、勉強のうち。ほら、俺と一緒に休憩しよう? どのみち集中できてない状態で続けても、あまり頭に入らないと思うからさ」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。せっかくだし何かしよっか。ゲームとか、ゴロゴロとか。有美は何したい?」
「………………分かってるくせに。いじわる」
寛司の右手を、ぎゅっと掴む。
私が今したいこと。そんなの、一つだけだ。
「アンタが焚き付けたんだからね。責任、取ってよ」
キスだけで済まされてしまった触れ合いの続き。変にスイッチだけ入れられたものだから、意識しちゃって勉強どころじゃなかった。
コイツのせいだ。コイツが、いきなりあんなことするから。
「ベッドの上、座って。休むなら休むで、本気だから。付き合って」
「っ……わ、分かった。そうだね。責任、取らなきゃ」
ああ、嫌な予感が当たってしまった。
……やっぱり、我慢できなくなるんだ。