ガチャッ、と音を立てて玄関の扉を開けると、寛司と目が合う。
自分でも分からないが、何故か思わず「お帰りなさい」という言葉が喉まで出てきたのを我に返って堰き止めてから、改めて招き入れた。
「お邪魔します」
ああ、入れてしまった。
なんだろう。ただいつもと立場が逆になっただけなのに。不思議と心臓が高鳴っていくのを感じる。
いや、もしかしたら寛司も同じように……なんて、そんなわけないか。
「って、やば。そういえば私の部屋、机一個しかないや。椅子も……ちょっとリビングから取ってくる」
「あっ、俺も手伝うよ。椅子持って階段上がるの、大変でしょ?」
「……ん。じゃあお願い」
いつも家族でご飯を食べるときに使う長机とセットで置いてある椅子を寛司に持ってもらい、階段を上がる。
もう、椅子の一つくらい持ちながらでも全然大丈夫なのに。相変わらず過保護だ。
「は、入って。狭いと思うけど……」
「うん。もう一度お邪魔しますだね」
寛司は部屋に入ると、一度椅子を床に置いて。様々な場所に視線を向ける。
そして最初に口にした言葉は────
「写真、ちゃんと飾ってくれてるんだ。嬉しいな」
「ん゛んっ! ま、まあ、ね。写真立て、買ったから」
危ない。全て片付けなくて本当に良かった。やっぱり写真、気になるんだ。そういえば私も初めて寛司の部屋に入った時、写真が飾ってあるのが目に入って嬉しかったっけ。まあちょっと小っ恥ずかしくもあったけど。
「家具の感じも……うん。なんか有美の部屋だ。相変わらず可愛いもの好きなんだね。ぬいぐるみもあるし」
「う、うるさいな。あんまりじろじろ見ないでよ」
「ふふっ、ごめん。でもあのくまさん、俺があげたやつだったからさ」
「っつぅっ!?」
し、しまった。そうだ、あのくまさん。毎日抱いて寝てるから私にとってもうそこに置いてある家具と同じくらい溶け込んでしまっているから頭から抜けていた。
あれは昔、寛司からプレゼントしてもらったものだ。薫から私が可愛いもの好きだっていうのを聞きつけて、受験期の模試終わりに。あの時初めて今通っている高校のB判定を貰えて、その記念にって。
写真ばかりに目が行き失念していたが、よくよく見渡してみるとこの部屋には、寛司から貰ったものが多い。
まずはくまさん。他にもマフラーだったり、これは買ってもらったではないけれど選んでもらった校外学習の時の膝掛けが勉強机の前の椅子に。
気づけば私の部屋はここまで侵食されていたのか。確かに寛司から何かを貰ったりお揃いで一緒のものを買ったりすることは多かったけれど。もうここまでとは。
「も、もうやめて。ほんと、恥ずいから……」
「あっはは、ごめん。でも嬉しいよ。ありがと、有美」
「私、何もしてない……」
「ううん。俺のあげたものを大事にしてくれてたり、ああやって写真をちゃんと飾ってくれてて、思い出を振り返れるようにしてくれてたり、さ。彼氏としてはそういうの、本当にめちゃくちゃ嬉しいんだよ。認めてもらえてる、って感じがしてさ」
み、認めるって。何なの、その表現は。
「……私だって、その。彼女、だもん。そりゃそうする……でしょ」
好きな人の物だし、とは言えない。恥ずかしすぎる。いや、実質的にはもう言ってるようなもんだけど。
「ねえ有美、どうしよう。好きが溢れすぎて胸痛くなってきた。キスしていい?」
「は、はあぁっ!? なんでそうなるの!? い、いいいきなりすぎでしょ!!」
「い、いやだって。有美が可愛すぎること言うから」
「んん、ぬぅ。い、一回だけだからね? ……勉強、しに来てるんだよ?」
「分かってる。じゃあ一回」
「んぁ……っ」
ああもう、ああもうっ!
また寛司のペースだ。私も私で、なんでこう簡単に流されるんだか。
今日は勉強しに来てるのに。部屋に入って一番最初にやることがこれって。本当……馬鹿だ。