「じゃあ、またあとで」
「うぅ、ゆーしと離れるの嫌ぁ。ね、ゆーしもこっち来よ?」
「そんなわけにはいかないだろ」
「ぶ〜……」
本日二度目の、由那とのお別れをする。
短い短いお別れは、お互いに違う暖簾を潜るのが合図。
男湯への青いそれを潜った俺と渡辺は、二人で更衣室へと向かった。
流石に朝イチの時とは違って、客が随分と増えたように見える。まあ平日ではなく週末だし、むしろこちらの風景が普通か。
お爺ちゃんやおじさん、若めのお兄さん。三者三様な人物達の間を通り、空いていた一番奥のロッカーを並びで二つ席取る。
そこに各自服と荷物を入れてから。小さなタオル一枚だけを持って、天然温泉へと進む。
「ふぅ〜〜〜。いやぁ、なんだかんだあっという間だったね」
「そうだな。やっぱり楽しいと時間の流れが早いわ」
「楽しんでもらえたか。それは何より」
かぽん、と桶の音が反響する小さな空間で。地元の温泉のようにたった二つの大きな浴槽だけが用意されたそこで、俺たちは壁際にゆっくりと腰を落として身体を温める。
そして俺は、温めながら。隣にいる男への相談事を、頭の中で整理していた。
「……ねえ、神沢君」
「どうした?」
「最近どうなの? 江口さんとは」
「ん゛んっ!?」
突然のぶっ込んだ質問に思わず喉がむせる。
その様子を見てけらけらと笑う渡辺の横顔にイラつくものを感じながらも。しかしそれが、どうして俺の相談事へと合致してしまっていて。まるで心を見透かされたかのようだった。
「やっぱりこういう時の定番は恋バナでしょ。ね、結局まだ付き合ってないの?」
「付き合ってねえよ。ただ……」
「ただ?」
「……由那の事が好きだってのは、自覚した」
それがあまりに遅かったことは分かっている。
しかし俺は、あの日。由那の弟である憂太に勝負宣言した日に、自分が由那の事を恋愛対象として本気で好きになっていると気づいた。
そして今。最終関門ともいえる人生最大のイベントに、俺は突入しようとしている。
「はは、やっと? 幼なじみを異性として見るには案外時間がかかる事が多いなんて聞くけど、本当だったんだね」
「それはまあ……そうだな」
告白をする。
未だ俺の人生では経験のない出来事。しかしそれがどれだけ勇気のあるものかというのは重々承知しているつもりだ。
だから俺の周りで唯一、その経験があって。しかも成功しているコイツに話が聞きたい。そう思った。
「なあ、渡辺。その……なんだ。お前って確か中田さんと付き合う時、自分から告白したんだよな?」
「うん? ああ、そうだよ?」
「告白って……どんな感じだった?」
確か渡辺は、何度も中田さんにフラれたがそれでも諦めずに。何度も何度も告白を繰り返すことで付き合うことに成功したと言っていた。
冷やかすつもりじゃない。ただ純粋に、告白とはどういうものなのかを聞いてみたい。そういった恋愛話とは一切無縁だった俺に、ノンフィクションの実話を聞かせてほしい。
どうやら相変わらず頭の回転が早い渡辺は、そんな俺の心持ちにすぐ気づいたようで。少し嬉しそうに笑みを浮かべると、頭の上のタオルを一度絞ってから言った。
「そうだね。まあ恋バナを仕掛けたのは俺からだし。せっかくの友達の頼みだ。俺と有美の馴れ初め話でも……語らせてもらおうかな」