「うっわ……なんだあの子。めちゃくちゃ可愛いじゃん」
「はぁ!? アンタの彼女は私なんですけど! こっち見ろぉ!!」
目立つなぁ、と。心の中で呟く。
男からは嫉妬の視線を。女性からも恋人が自分よりもこちらを見ていることによる憤怒を。
同時に向けられて少し肩身が狭い気持ちになりつつ、大きな浴槽の端に腰を落とす。
「ゆーしとお風呂入るの、何年ぶりだろ。えへへっ」
「多分幼稚園の時以来とかだな。はは……」
かけ湯に濡れた身体を、浴槽の角に浸かる俺の隣にそっと沈める。
「はぁぅ」と気持ちよさそうな声をあげると、頬を蕩けさせながらこちらをじっと見て。ぴっとりと肌を密着させた。
「あったかい、ね」
「……そうだな」
たぷんっ、と柔らかい感触が腕を襲う。
思えば普段から、こうして由那は俺の腕に引っ付くことが多い。その度その度に押し付けられてきて、最近では少しずつ慣れてきていたが。
(生肌は……生肌はヤバイッ……)
服というガードを失った生腕への、たった一枚しか布を隔てない凶器の特攻。いつもとは感じる柔らかさが違いすぎる。
湯気にまみれ色っぽくなった由那の高い体温とも相まって、いつも以上に頭がドキドキする。
────これが、好きな人とお風呂に入るということなのか。
幼稚園時代のお互い幼かった頃とは、何もかもが違う。
由那の身体は成長し、俺は心の在り方が変わってしまった。
歩いているだけで周りが振り向く美少女と、たった布一枚しか着用していない状態での密着。周りに目があると分かっているのに、理性が飛んで変な事をしでかしてしまいそうだ。
「みんなでワイワイもいいけど……ゆーしと二人きりの時間が、大好き。ずっとこうしてたいよぉ……」
「っ! つっ!!」
「ね、ゆーし……もっと甘えてもいい?」
ああ、ダメだ。
コイツ甘えんぼモードに入ってる。多分、渡辺達といる間ずっとこうやって激しく密着するのを我慢していたからだ。
最近、日に日に由那の甘えんぼが強くなっている気がしてならない。今日だってみゃんと朝のハグはしたし、集合場所までは一緒に行ったのに。
それでも、二人きりになった瞬間。由那の目はとろんとして甘える上目遣いをしてくる。自分が今どんな格好をしているのか、分かってるのか?
「あ、甘えるって。何するつもりだよ……」
「えへへぇ、何でもいいよ? 頭なでなででも、恋人繋ぎでも。頬ずりでも、ハグでも。私はゆーしに甘やかしてもらえるなら、なんでも……」
「お前……なぁ。なんでそう、いつもいつも」
「だって、ゆーし成分の充電足りないんだもん。このままじゃバッテリー切れ起こしちゃうよ?」
クソ、可愛いなこの野郎。
何がゆーし成分だ。何がバッテリー切れだ。まるで俺に甘えることだけを糧に生きてるみたいな言い方しやがって。
……嬉しい、けど。
「もう少し、待ってくれ。その……正直まだ、由那の水着姿に慣れてない」
「慣れ? どういう、こと?」
ああもう、伝われよ! 何でこういうところは鈍感なんだ、コイツは!!
「……可愛い、すぎて。変な気分になりそうだから。ある程度慣らしてからじゃないと、多分。人に見せれないようなことする」
「ひ、へっ!? 可愛っ!? 人に、見せられないようなっ!?!?」
やっと俺の心境を理解してくれたのか。由那は俺の腕から手を離し、身を縮こまらせてぶくぶくと水面に泡を作る。
俺だって思春期真っ只中の男子高校生だ。水着で密着なんかされたら″そういうこと″も意識してしまう。少なくとも今は、この浴槽から立ち上がれない状態になってしまわないように必死なくらいだ。
可愛い。可愛すぎるから、一旦慣れるための時間が必要だ。少なくとも今はまだ、俺から触れることはできない。
「そ、そっか。ゆーしも男の子、だもんね……」
「大丈夫。もうちょっと慣れたら、ちゃんと甘やかすから。充電も、してくれていいから」
「……きゅうぅ」
温泉の匂いに包まれながら、俺達は二人して顔を赤く染める。
これがお湯に浸かっているせいじゃないことは、お互いによく分かっていた。