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第66話 君専用に

 引き寄せた身体から、ほのかな熱を感じる。


 自分の胸の内にぽすっと収まってしまった由那の背中に手を回して、半透明な羽織越しに強く抱擁した。


「あ、あぇ……ゆー、し?」


「本当に、可愛い。ずっとこうしてたい……」


「はう!? うぅ、あぅっ……」


 口から漏れ出た本音を聞いて、由那の身体は更に熱を帯びていく。そして観念したように俺の胸に顔を埋めると、俺がしたのと同じように背中に手を回してきた。


 カーテン一枚というあまりに心もとない防壁のみで外と隔てられたこの空間でのハグは、背徳感が凄い。


 普段する朝のハグとは違い、絶対に見られてはいけないという緊張感。そもそも試着室にこうして俺が入っているところを誰かに見られるだけでも駄目なのに、水着姿の由那とこんなことをしているなんて。


 でも、やめるという選択肢はもう頭の中にはなかった。


 可愛い。ただひたすらに、目の前にいる彼女が。自分の選んだ水着を着て、それを俺だけに見せてくれて。少し恥ずかしそうにしてるところとか、それでも頑張って勇気を出してくれたところも。何もかもが俺の感性を刺激して、好きを暴発させていく。


「ゆーし、心臓の音凄い。ドックン、ドックンって。身体も、熱いよ?」


「仕方ないだろ。こんなの……お前が可愛すぎるのが悪い」


「〜〜〜ッッ!! さ、さっきから可愛いばっかり、言わないで。ドキドキ、止まんなくなっちゃう……」


 ああ、クソ。どうすればいいんだ。


 元はと言えばこの水着は、渡辺達と行く温泉旅行で混浴するために選んでいる物なのに。


 こんなに可愛い由那の姿を、誰にも見せたくない。独り占めしたい。俺以外の前で着ないでほしい。そう、思ってしまっている。


「……えへ、へ。ゆーしって意外と独占欲強いんだね。そんなにこの水着姿、気に入ってくれたの?」


「ああ。これが一番似合うだろうなと思って選んだけど、想像通り……いや、想像以上だった」


 由那は俺の彼女や所有物じゃない。だから、独り占めする権利なんて無い。


 初めて見せる相手をこうして俺に選んでくれただけでも本当に嬉しいんだ。これもある意味、独り占め出来たと捉えて間違いじゃないし。


 だけど。だけど、やっぱり俺は……


「ね、ゆーし?」


「どう、した?」


「ゆーしがそこまで私のこの姿を気に入ってくれたのなら、この水着はその……ゆーし専用にしても、いい?」


「え? 俺、専用……?」


 むくっ、と顔を上げて甘えるような目つきで俺の目を見ながら、由那はそう告げる。


 俺専用。最高の響きだった。けど、どういうことだ。温泉旅行での混浴は諦めるのだろうか。


「これ以外にももう一着、ゆーしがみんなに見せてもいいよって思える水着を買うの。それでその……ね? この水着は、二人きりでお出かけした時に使いたいなぁ……なんて」


「い、いいのか!?」


「うん。だって私は、ゆーしに見てもらいたくて買うんだもん。だからゆーしにとって一番可愛い私の姿は、独り占めしてほしい。ダメ、かな……」


「ダメじゃない。ダメなわけない! むしろそんなの、俺のワガママだ。こっちから頼み込まなきゃいけないくらいなんだよ」


 由那の一番可愛い姿を、誰にも見られたくない。そんな面倒くさい俺の中の願いを感じ取られてしまったのか。由那はとても嬉しそうに、そして満足そうに。最高の提案をしてくれた。


 彼女から言ってくれなければ、ダメ元覚悟で俺から頼むところだった。だから、こんなに嬉しいことはない。


 この水着姿は、俺だけのものだ。絶対誰かになんて見せてたまるものか。もう由那は俺のものじゃないからとか、関係ない。これは俺の欲望だ。本人が了承してくれるんだから、意地でも叶えてやる。


「由那、俺……絶対その水着を着れる機会を用意するから。また温泉でも、夏に海でもいい。絶対二人きりで、出かけような」


「っ! うん!! 絶対……絶対だからね!!」


 任せろ、と付け加えて、俺はもう一度強く彼女の身体を抱きしめる。


(夏、か……)


 その頃には、俺たちの関係はどうなっているのだろうか。


 少なくとも俺は今のままでいつまでもズルズルと行く気はない。




 あの水着を次に着てもらうその時には。由那が俺の彼女になってくれていたらいいな……なんて。そう、強く思った。

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