「ゆーし? その、お待たせ……」
ひょこっ、と試着室のカーテンから顔だけを出し、由那は俺に呼びかける。
どうやら着替えは終わったらしい。初めはどの水着姿が拝めるのか、楽しみだ。
「サイズとか大丈夫だったか?」
「う、うん! とりあえず着てみたんだけど……」
「お、本当か。見せてくれ」
「……」
どうしたのだろう。カーテンを握る手の力を強くしたまま、由那は動かない。
やがて言葉が途切れると、キョロキョロと周りを見渡して。中から左手を出すと、俺の服の裾を掴んだ。
「……恥ずかしい、から。中に入ってきてほしい」
「へっ? お、おま! 試着室の中にか!?」
「ゆーし以外に見られるのはまだ、恥ずかしい。それに、初めてはゆーしにだけ見せたい、の……」
「っっう!!」
ドクンッ。心臓が高鳴る。
今、カーテンで隠れた向こう側には由那の水着姿がある。
見たい。何がなんでも見たい。
だが、そのためにはこの狭い試着室の中で由那と二人きりにならなければならない。
ならなければならない、なんてまるでそうなるのが嫌みたいな言い回しをしてしまったが、そうじゃない。
これ以上ドキドキさせられたら、身が持たないからだ。ただでさえ可愛い由那の、水着姿。心もとない布で局部だけを隠された、好きな人と。試着室で二人きりだなんて。
(で、でも。ここを断るなんて、しちゃいけないよな……)
初めては俺に。俺だけに見てほしい。こんなに嬉しい事を言ってくれてるのに、その想いを無下になんてしていいはずがない。
きっと由那も、勇気を出して提案してくれている。なら俺には、それに応える義務がある。
「……分かった」
脱いで揃えられた由那の方のよう隣に自分のものを置き、一度軽く深呼吸して。服の裾から伝わるか細い力に身を任せて、ゆっくりと。
由那のいる試着室へと。足を踏み入れた。
「え、えへへ……どう、かな?」
カーテンと服の裾から手を離し、後ろの壁にもたれかかるようにして、背中に手を回した彼女の姿を目に焼き付ける。
上下に揃えられた無地の黒ビキニと対比した、真っ白な肌。くびのある細い腰回りに、小さくて縦に伸びているおへそ。そして、その上で強く主張する巨峰と、耳を赤くする整った顔。
まるで、テレビの中の有名モデルが目の前に現れたようだった。肩からゆったりとかけられている半透明なジャージも、より大人っぽさを際立たせていて。いざ口を開けば子供っぽいいつもの由那に戻るとは分かっているのに、こうして容姿だけを見てみると。改めて、天使のようだ。
「視線……えっち、だよ?」
「っわ!? す、すまん! えっと、えっと……めちゃくちゃ、可愛い……です。死ぬほど似合ってる」
「本当? 恥ずかしかったけど、そう言ってもらえるなら頑張った甲斐があったよぉ……」
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。心臓が胸を引き裂いて今すぐに飛び出てきそうだ。
分かってた。分かってたさ。由那がこの水着を着て似合わないなんてこと、あり得ないって。
可愛い。目に映る彼女の全てが、可愛い。
(俺、マジでコイツに惚れさせられてるんだな……)
ドキドキは天元突破し、好きが心を埋め尽くしていく。
触れたい。今の由那に、触れたい。
由那は怒るだろうか。俺のことをちゃんと信頼してここに誘ってくれてるだろうに、こんな欲に負けるようなことをしたら。
でも────もう、抑えられない。
「? ゆーし、どうかしたの? なんか顔、怖いよ……?」
「ごめん、由那」
「ぴっ────!?」
俺は、もう抗いきれない己の中の衝動に従って。
その細い身体を、真正面から。そっと抱きしめた。