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第63話 忠実な男

 一階の飲食店街などを抜け、エスカレーターで二階へと上がった俺たちは目的の水着売り場へと向かった。


 由那は一番最後にしたい、と言っていたのだが、水着選びに時間がかかるかもしれないことを頭に入れたままだと目一杯時間を使ってモールデートを楽しめなくなる。


 だから先に目的を終わらせておいて、その後に帰る時間になるまで館内を巡ろうと。そう結論づいた訳である。


「えっと……ここからあそこまで、かな。分かってはいた事だけど、やっぱりまだ水着ってそんなに売ってないみたい……」


「ま、仕方ないな。まだ五月だし。それでも結構数あるんじゃないか? ひとまずちゃんとコーナー化して売ってくれてるだけでも良かったと思わないと」


「それもそう、かぁ。む〜、ゆーしの好みがあればいいんだけど……」


 カチャカチャと音を立てて水着を物色しながら、由那は呟く。


 ここまで来たからやはり当然のことだが、学校で使っているような所謂スク水というやつを使う気は毛頭ないらしい。となると、一週間後に控えた旅行で使うなら今日ここで選んでおきたいところだ。


 実際少ないとは言っても、見た限りだとザッと数十種類は柄とサイズがあるように見える。ただでさえ素材がいい由那だ。どれを着ても似合いそうな物だが。


「……って! 私が選んじゃ意味ないんだって!! 今日はゆーしに選んでもらいたくて連れてきたんだもん!! ゆーし! 私試着室の近くで待ってるから好きなの持ってきて!!」


「ま、マジで俺が選ぶのか?」


「マジで選ぶの!!」


「分かった。分かったよ……」


 とは言ったものの。どうしたものか。


 本当に由那が水着コーナーからいなくなってしまい一人取り残されてから、俺は一人ため息を吐く。


 由那に着てもらいたい水着、か。


(それにしても、女子の水着って色んなのがあるんだな)


 男の水着はこう、多少の柄の違いはあれど。結局はどれも同じような形で、あれを選んだからセンスがないとか、これだからかっこいいとか。あまりそういう違いは生まれない気がする。


 だが女子の水着はそもそも形から違う。ワンピース型なのか、ビキニ型なのか。その中でもシンプルなデフォルトの形なのか、フリルがついていたり位置を固定する紐の配置、結び目、素材が違っていたり。


 選べる気がしない。それが、俺の抱いた第一印象だ。


(ん? いや、待てよ。違うな)


 由那は言っていた。俺が、由那に着てほしいと純粋にそう思った物を持ってきてほしいと。そもそも水着を着るのは俺に見て欲しいからで、俺が一番これがいいと思った物を買わなければ意味がないから、と。


 つまり大事なのは世間体やオシャレ度ではなく、俺が好きかどうか。


「要するに、俺が本能的にピンと来たものを選べばいい……ってことか?」


 いくつかの水着を手に取り、見つめる。


 水色のしましま柄。うん、絶対可愛いよな。由那の少し短めの白髪と相待ってこう、爽やかさが出る。


 ピンク色の水玉柄。はい可愛い。可愛いの象徴たるピンクをアイツが身に纏って可愛くならないはずがない。


 露出を抑えてオレンジ色のフリフリワンピース。いや可愛いんだよな。そりゃあ俺も男の子だし。露出はあった方が好きだけど。


 ただな、隠した分逆にそこにはロマンが生まれる。ただ出せばいいってものでもなく、こういう服に近いものに身を包んだ由那も、愛おしいのだ。


「う〜〜〜〜〜む……」


「ママ〜、見て〜? 女の子の水着をいっぱい持って怖い顔してるおにーさんいるよ〜?」


「コラ。見ちゃダメよ。ああいうのは関わると危ないわ」


「どうしたもんかねぇ……」


 周りから懐疑の目線を死ぬほど浴びせられていることにも気付かずに。




 俺は十数分もの間、そこに立ち尽くしたのだった。

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