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第62話 間接キス

「えへへ、バナナだぁ〜♪」


 中身が少しだけ減った俺のバナナジュースを飲むべく、由那はストローに躊躇なく口をつける。そして中身を吸い上げると、また美味しそうにご機嫌の声をあげた。


 好きな人との間接キス。少なくとも俺は気にしてしまうが。由那の口をつけていたストローに今から自分も口をつけるとなると、死ぬほどドキドキする。


 だが、どうやら由那は本当に何も気にしていないらしい。ある程度の量を飲み終えると、きょとんとした様子で俺がストロベリーを飲まないのを不思議そうにしていた。


「ゆーし? 飲まないの?」


「い、いや……その、な。ちょっと恥ずかしい、というか……」


「間接キスが?」


「お、おまっ! 分かってて!?」


「えへへ、もぉ。ゆーしの考えてることなんて何でも分かるって言ってるでしょぉ?」


「むぅ……」


 やっぱり、由那は何も気にしていなかったということか。


 まあ多分覚えていないだけで昔はよくしていただろうし、幼なじみとしては大した問題じゃないのだろうが。


 やっぱり好きな相手となると、話は変わってしまう。ドキドキして、緊張して。したいと思う反面、心がザワつく。


「由那は気にしないんだな。間接キス」


「ふえっ!? い、いや……気にしないって、いうか。えっと、その……」


「ん? なんだよ」


「だ、だから……」


 もじもじ。由那は急にバツが悪くなったかのようにそっぽを向く。そして横目でコッソリと俺の目を覗いてから、言った。


「……気にしないって、いうか。したかったと、いうか……」


「っ!?!?」


「も、もう知らない! それよりゆーしも早く飲んでよ! ほら、グイッと!!」


「あ、あぁ……」


 コイツ今、したかったって。


 俺と間接キスがしたかったと……そう、言ったのか?


 みるみるうちに由那の耳が赤く染まっていく。恥ずかしさを隠している時のサインだ。


 違った。俺はてっきりコイツは本当に何も気にしていなかったのだと思っていたけれど。


 気にした上で、隠していただけだ。間接キスがしたかったから。


(やっぱりコイツ、俺のこと……)


 間接キス。それを気にしないと言う女子は無数にいるかも知れない。が、特定の相手と″したい″と言う奴はそういないだろう。


 何故ならそんなの、よっぽどの好意を持っていないと辿り着かない思考だからだ。


「ゆーしは、私とするの……嫌?」


 少し不安そうな瞳で、由那は問いかける。


 多分俺が硬まってしまっていたから、不安にさせたのだろう。


 でも、大丈夫だ。


 俺も思っているところは、同じだから。


「あっ……」


 ストロベリーバナナジュースを、一気に吸い上げる。


 ドロドロのイチゴ風味が口の中に広がり、消え、また広がる。


 由那の使っていたストローを通して、甘い液が。俺の体内へと流れ込んでいった。


「甘いな。やっぱり」


「……はぅ」


 デフォルトのバナナジュースより甘いそれを堪能してから、お互いに元飲んでいた物と交換して元に戻す。


 かあぁ、と耳どころか顔までみるみる赤くなっていった由那は、次は俺が口をつけたばかりのそのストローを無言で見つめていた。どうやら隠していた恥ずかしさがここに来て爆発したらしい。


「か、間接キスってこんなにドキドキするものだったっけ?」


「さあ、な。まあ少なくとも、俺は多分由那以外との間接キスじゃこうはならない気がするけど……」


「は、はひっ!? えっと……ふえぇっ!?」


 ぷしゅぅ、と頭から湯気を出して、由那の体温が一気に熱くなった。


(やっばいな、これ。俺も身体熱くなってきた。好きな人との間接キス……なんて破壊力だ)


(ゆ、ゆゆゆーしは私との間接キスでだけ、ドキドキしてくれてるの!? そ、それってつまり……私だけ特別、ってこと!? はぅ……しゅき……)



 手を握る力を強めながら、俺たちはまた間接キスをしてバナナジュースを飲み、フードコートを出る。





 モールデートは、まだ始まったばかりだ。

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