二人で歩くこと、徒歩十分。
この街だと一番大きいモールへと辿り着いた俺たちは、歩道から入り口へと向かっていく。
映画のポスター、食料品売り場の毎週必ず行われる何パーセントオフとかを謳ったセールの張り紙。
一つ一つがどこか懐かしい。昔は親に連れられてしかここに来る機会は無かったけれど、いつの間にか俺たち二人だけで来れる歳になってしまった。
「変わってないんだな、意外と」
「ううん。そうでもないよ? 確かに外観は変わらないけど、専門店は結構移り変わり激しいから。ゆーしの知らないお店もきっといっぱいあるよっ」
「マジか。それはそれで楽しみだな」
入店し、少し暑くなり始めた外と違って適温に空調が効いた通路で、館内マップを眺める。
本当だ。ところどころに薄らと名前を覚えている店はあるものの、明らかに聞いたことのない店舗名は多い。案外ちゃんと残っているのは大手のチェーン店と映画館とか、元々このモールの系列ならどこにでも必ず存在する店舗くらいか。
由那は水着を見たいとのことだったので、ひとまずそれがありそうな二階のフロアマップを見る。まだ五月だし夏というシーズンではないから、水着が置いてあるかは分からないが。とりあえず服屋など衣料品を扱っている店舗はだいぶ位置が固められているようだった。
「どうする? とりあえず水着見に行ってもいいし、他に行きたいとこあるならそっからでも」
「はいはーい! 私行きたいところあるよー!」
「お。どこだ?」
「ここー!!」
ビシッ、と勢いよく指差された先は、フロアマップ一階。フードコートの中に内蔵されている店の一つである、「クライマックスバナナ」であった。
名前は聞いたことがある。昨今のタピオカブームに続いて訪れたバナナジュースブームを支えた一番槍であり、恐らく最も知名度の高いであろう店舗だ。
「これ一緒に飲みながら館内まわろ? 水着も勿論見にいくんだけど、さ。……これはデートだもん。ゆーしといろんなお店、見に行きたい」
「っ!? お、おう。そうか……」
ドクンッ。突然の不意打ちに胸を打たれつつ、俺は平静を装って答える。
(コイツ、マジで唐突に刺してくるから怖いんだよな……)
敢えてなのか、それとも無自覚ゆえの行動か。こういった不意の甘デレには、何度経験を積んでもドキドキさせられてしまう。こんなの可愛すぎて反則だ。
「ん゛んっ。じゃあ、とりあえずその……行くか?」
「えへへ、うんっ。行こ!」
照れ臭くなりながらも由那を連れ、通路を歩く。
饅頭屋、シュークリーム屋、回転焼き屋など。昔はこんなのあったかなんて思いつついくつかの飲食店や専門店街を通り過ぎて、ここに入ってきた時の入口とは真反対側のフードコートへと向かう。
土日ということもあり、まだ昼前にも関わらずフードコートはすごい賑わいだ。
そんな人混みの中目に入ったのはキッズコーナー。昔はよく由那のお母さんとうちの母親に連れられてここに来て、あのボールプールで遊んでたっけ。ああいう懐かしいものが今もなお残ってくれてるっていうのは、なんだか少し嬉しい。
「バナナさん、あんまり混んでなさそう! 今ならちょっと並べば買えそうだね!」
「ほんとだ。ラッキーだな」
短い列の最後尾に並び、整列用のテープを固定している小さな柱に備え付けられた厚紙のメニュー表を開く。
バナナジュース屋、と銘打つだけあって、やはりメニューは九割以上がバナナジュースだった。だがただのバナナではなく、抹茶バナナやアボガドバナナ、チョコチップバナナなど。もはやバナナの風味なんて欠片も残らないのではと思うほどの組み合わせをされたメニューも多い。
「私はお気に入りのストロベリーバナナ! ゆーしはどうする?」
「じゃあ俺は初めてだし、デフォルトの一番シンプルなやつにしようかな。バナナジュース専門店って言うくらいだし、絶対美味いだろ」
「ふっふっふ。飲んでみて、飛ぶよ!」
「なんでお前が自慢げなんだ……」
その後すぐに注文を終えてお互い頼んだ物を受け取ると、まずは由那が太いストローに口をつけ、ドロドロのストロベリーバナナジュースを吸い上げる。
「んんん〜〜!!」と頬を緩めながら満足そうな声をあげるのを横目に、俺も慣れないストローに苦戦しながらバナナジュースを口に含んだ。
「これ、美味い……! 専門店、すげぇ!!」
「えへへ、でしょぉ? ね、ね! ストロベリーも飲んでみてよ! こっちもすんごい美味しいんだよ?」
「おう、そうだな。じゃあお言葉に甘え……てぇっ!?」
「んぅ〜? どしたの?」
ちょ、ちょっと待て。コイツまさか気づいてないのか?
そのストローは今。たった今お前が口をつけたばかりの物なんだぞ。そして俺が口をつけた後、お前もまた使い続ける物なんだぞ。
こ、ここここれは所謂、その……間接キス、というやつなのでは。
「あっ! 私もゆーしのバナナジュース飲みたい! ね、一口ちょーだい? 交換こしよ!」
「こ、ここ交換こ、って。気に、しないのか?」
「気にする? 何を?」
「い、いや。気にならないなら別に、いいけど……」
「やったぁ!」
無邪気な顔で、由那は俺の右手からバナナジュースを奪い取る。そしてそれと同時に自分が持っていたストロベリーの方を手渡して、交換を完了した。
(由那の、口をつけたばかりの……ストロー……)
ドクン、ドクンと鼓動を激しくし始めた心臓は静かに。しかし誰にも聞こえないよう俺の中で大胆に。緊張感を高めていた。