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第60話 デートの始まり

(許して、しまった。テスト期間なのに……)


 翌日。俺は本来であれば昼前から由那の家にお邪魔するところだったのを、予定変更。彼女に言われた通りの集合場所である近所の公園前に来ていた。


 デート。そう由那の口から呼称されたそれの詳細はまだ聞いていない。うわついたものであることは確かだろうが、まあ多分どこかに出掛けるんだろうなぁ、くらい。


 アイツと再開して間もない頃の俺なら多分、断れてた。ちゃんと勉強するぞ、テスト終わってからにするぞ、と。


 でも、今の俺にそんな胆力はない。


 だって好きな人からデートに誘われたのだ。そんなもの、たかだかテスト期間とかいう小さすぎる免罪符で断れるわけがないだろう。


「あっ! ゆ〜し〜!!」


 と、自分に言い訳をしていると。曲がり角から一人の美少女が駆けてくる。


 白と水色を基調としたフリフリ付きのワンピースに身を包み、小さなポシェットを肩から下げる彼女は急いで俺の前まで来ると、いつもの笑顔を見せる。


「えへへ、ごめん。準備で遅くなっちゃった」


「き、気にすんな。俺も今来たところだから」


「あぁ〜! それ、カッコいい彼氏さんが言ってくれる台詞だぁ。ゆーし、そういう言い回しはできるんだね?」


「おま、開幕から失礼だな」


 にししぃ、と小悪魔的な笑みを浮かべる由那は、そっぽを向いた俺の手を強引に繋いで引き寄せる。


 無自覚な豊満が腕に当たったのに反応しないよう、気をつけつつ。改めて由那と目を合わせた。


 可愛い。明らかにいつもより気合が入っている。服はすらりとした由那の整った体型をよく引き立たせており、靡かせた白い髪も艶やかで。


 そしてなによりもいつもと違うのは……


「化粧、してるのか?」


「えへへ、気づいちゃった? その……似合ってる、かな」


 本当にうっすらとではあるが。唇に口紅が塗られていた。


 デート。女子は、それを確定的に好きな異性や付き合っている人とするお出掛けとは表さないこともある。


 だがここまで気合を入れて、普段とは違う自分を見せてくれる由那のこれは。やっぱり好意を向けてくれているのだろうか。


 何はともあれ、自分が由那にとっての特別になれていると。そう思わせてくれた気がして、嬉しかった。


「似合ってるよ。あの由那が大人っぽく見える日が来るとは思わなかった」


「むっ。それどういう意味ぃ? 普段は子供っぽいって思ってるってこと!?」


「そう言ったつもりだけど」


「ぶぅ。私はもう立派な大人の女性だもんっ。ゆーしのことメロメロにできる、レディーだもん……」


「はいはい。お嬢様、それで今日はどこに行くんだ?」


「あーっ! 絶対馬鹿にしてるでしょ!! そんなこと言って、後悔しても知らないからね!?」


 ぷくぅ、と頬を膨らませて不満を表現するその横顔に「そういうところだぞ」と言いたいのを我慢しつつ。手を握って恋人繋ぎを作ってきた彼女から、今日の予定を聞き出した。


「温泉旅行……水着着用で混浴できる場所があるんだって。だから、その……ゆーしには私の水着を選んで欲しいの。ゆーしの一番可愛いって思ってくれた物を買いたいから……」


「お、俺が選ぶのか!? お前の、水着を!?」


「……うん。ちょっと恥ずかしいけど、やっぱりゆーしに見てもらうために着る物だから。えへへ、私の水着姿でいっぱい悩殺しちゃうね?」


「……」


 悩殺。その言葉が頭の中で反響する。


 いや、もう既にされかけてるのだが。このワンピース姿もそうだし、いちいち可愛い挙動とかも含めて。今日の由那はいつも以上に可愛さが倍増ししている。


 そんな彼女の、水着姿。俺は頭の中で一瞬思い描いて、ゴクリと息を呑んだ。


「じゃ、行こっか。私と、モールデート……」


 身構える俺を逃すまいと、由那はそっと腕から密着して。



 どこか嬉しそうに、歩みを進めた。

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