ピンポーン。簡素なインターホンの音が鳴る。
いつものように親の作り置き朝ごはんを食べ終え、一通りの支度を済ませてから扉を開けると。そこにはいつもの顔がいた。
「お、おはよ。ゆーし……」
「おはよう、由那。相変わらず今日も時間ピッタリだな」
「うん。ゆーしの家に通うの、習慣づいてるから……」
えへへ、と口ずさみながら顔を赤くする由那と俺との間には、どこか絶妙な気まずさという壁ができていた。
理由は当然、昨日のあれ。俺は明確に、これまで曖昧にしていた由那への気持ちを自覚してしまった。
俺は、コイツのことが好きだ。一度そう意識してしまうと、どうもこれまでのようにいかない。こうして他愛のない話をしているだけでも、どこか心が緊張しているのを感じる。
由那が俺に立ちして同じようにしているのは、きっと気まずさだろう。憂太との一件を語る上で彼女は、俺と別れていた五年間を”俺に可愛いと思ってもらうために”費やしていたということを告白した。
俺はそれを、半分自分への好きな感情として受け取っている。「お前俺のこと好きなんだろ!」なんて言葉にするつもりはないが、心の内ではそう思っているのだ。
相手が自分のことを好きなのではないか。そう思っているのはきっと俺だけだろうが、きっと由那の中にも俺に”そう思われているかもしれない”という気持ちがあるのだろう。おかげでこの気まずさだ。
「じゃあ、行くか?」
「……」
このままここで立ち尽くしていても仕方がない。そう思って由那に提案すると、返事は返ってこない。
が、ここでの沈黙は了承と同じに感じたため、先導する意味も込めて先に歩き出そうとした。
した、のだが────
「ま、待って。まだ……朝のぎゅっ、してもらってない」
「えっ!? す、するのか?」
「……ダメ、なの?」
朝のぎゅっ。由那がそう言うそれは、いつの間にかこの毎日登校とともに習慣づいてしまったものである。
内容は至ってシンプル。ただ俺が由那を抱きしめる。それだけ。
たったそれだけだが、由那はその時間をとても大切にしていた。毎日遅れずに絶対同じ時間にこうして俺の家に来るのは、これをする時間を減らさないためでもある。
そしてその時間は、俺にとっても段々と至福になっていった。
由那の体温を、感触を。一日のうち一番感じることができる時間。初めは恥ずかしかったものの、慣れて来ると段々と幸せに感じてきて。今では俺の中でも欠かせない時間だ。
だが、今日に限ってはそれもお預けかと思っていたのに。まさか由那の方から求めてくれるなんて。
「分かった。するか……」
「うんっ!」
ぱぁっ、と由那の顔が明るくなる。
気まずい。そう思ってはいたものの。いざ由那と肌同士を重ね合わせると、いつもの甘い匂いが鼻腔をくすぐって気持ちが昂っていく。
(結局は、恥ずかしかっただけなんだよな……)
「えへへ、ゆーしぃ。ゆーしの、匂いぃ……」
ひくひくと小さな鼻を動かし、俺の胸元に頬ずりするその光景を見ていると、さっきまでの気まずさが馬鹿らしく感じた。
別に喧嘩したとか、嫌われたとか。そんなんじゃないし。お互いに好意の気持ちでこれまでみたいにいかなくなるなんて、勿体ないじゃないか。
「相変わらず、懐いたペットみたいだよな」
「ペッ!? ゆーし酷い!?」
「はいはい。もう少しでハグ終わりだぞ〜」
「むむむ……いじわる。だったらいっぱい堪能するもん……」
さて、今日も一日頑張るか。