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第56話 優しさに当てられて

「お待たせ。はい、カフェオレ」


「ん。ありがと……」


 前一緒に買いに行った、ペアのマグカップ。湯気を出しながらホクホクと暖かいそれを片方受け取ると、中から美味しそうなカフェオレが覗く。


「あれ、寛司もカフェオレなの? ブラックの方が好きなんじゃなかったっけ」


「まあどっちが好きかって言われたらブラックかな。でも有美と同じもの飲みたいし?」


「……そう」


 私はブラックコーヒーが飲めない。それと比べて寛司は朝から愛飲するほどにブラックが好きなのだが。カフェオレしか飲めない私を気遣ってか、同じものを飲んでくれるその小さな優しさが嬉しかった。


 ソファーに二人で腰掛けて、カップに口をつける。


 ほんの少しだけの苦味とそれをかき消す甘味。自販機で買うようなものとはちょっと味が違って、クリーム風味も混ざった高級感のある味だった。


(温度も、ちょうどいい……)


 私は極度の猫舌だ。それ故に熱いものを飲んだりするとしょっちゅう火傷するけれど、寛司が用意してくれる飲み物を飲むときだけは一度もそれをしたことがない。


 何故なら、彼はいつもさも当たり前かのようにお湯の温度を程よく調節してから出してくれるから。熱すぎず、ぬるすぎず。私が一口目から火傷せずに暖かさを感じられるよう、工夫してくれている。


「美味しい。これ、身体がポカポカする」


「お母さんがなんかのギフトで貰ったやつなんだって。有美喜んでくれるかなって思って、何本か貰っておいたんだよ」


 ああ、やっぱり寛司は優しい。


 一つ一つの言動、行動。それら全てから私を想ってくれているのを感じる。


 いつもなら、そのキザすぎるところや私を理解し尽くしている感にちょっとムカつくこともあるんだけど。今日は、ダメだ。


「ん? どうしたの、有美」


「……別に」


 ことん、と寛司の……男の子の少し固い肩に、頭を乗せる。


 身を寄せると、より身体が暖かくなっていくのを感じた。


 やっぱり今日は、本当にダメだ。頭が甘えたいモードに入ってる。勉強で頭を使って疲れたからなのか、甘やかされたい。


「有美ってさ、結構甘えんぼだよね」


「うるさいな。いいでしょ、彼女なんだから」


「うん。普段の周りの目を気にして我慢してるのも可愛いけど、こうやって二人きりの時に素直なところも、好きだよ」


 寛司はそう言うと、そっと手を伸ばして私の肩から身体を引き寄せる。


 気づけば二人がけ用のソファーのうち半分のスペースも使わないくらい、私達は密着していた。


 大して何をするでもなく、ただ肩を寄せ合って一緒にカフェオレを飲んでいるだけ。


 それだけなのに、心が癒されて疲れが取れていく。


 きっとこれが、好きということなんだろうなと思った。


「ねえ、寛司。その……しばらく、こうしててもいい?」


「もちろん。有美がそうしたいなら好きなだけしてていいよ」


「ありがと」


 勉強は嫌いだ。小学校、中学校までの勉強は、なんというかこう、生きていくうえで必要だと思わせる内容だった。算数も国語も、最低限の英語も。きっとこの先身についていると身についていないでは大きな差が出る。


 でも、高校の勉強はそんな風に思えなくて。方程式がどうとか、化学反応がどうとか。きっとこの先使うことはないようなものばかり。


 実感がなかった。その勉強で何かを得られるという実感が。


 けど────


(もし、寛司とこの先もずっと一緒にいたいのなら……)


 まだ私達は高校一年生。こんなことを考えるには早すぎるかもしれないけれど、同じ大学に入りたいのなら。


 きっと寛司は自分の頭に合っていないようなレベルの低いところだったとしても、そこが私の第一志望ならついてきてくれる。


 寛司は優しいから。きっと、私のレベルに合わせさせてしまう。


(勉強、頑張ろ)


 多分どれだけ頑張っても、私が寛司のレベルに追いつけることはないと思うけれど。それでも出来るだけ、彼に近づけるように。


「あと五分、いっぱい充電するから。そしたら……いっぱい勉強する」


「うん。俺も手伝うよ。一緒に頑張ろ」


「……本当に、ありがと」


 我ながら、似合わないけれど。


────もう少し、頑張ってみようと思った。

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